October 26, 2014

昼休み、ファミレスにて

2年半ぶりの更新です。

昼休みによく行くファミレスでのこと。

先週のある日、いつものようにひとりでファミレスに入り、ランチを注文しました。

そして料理を待っている間も、いつものようにスマホでその日のニュースや株価などをチェックしていました。

すると、別の席からニュースの原稿を読むような声が聞こえてきて、その方向を見ると、ラフな格好をした中年男性二人が向かい合わせに座っていました。

一人は声を出してスポーツ新聞の記事を読み、もう一人はその声を静かに、なんだか楽しそうに聞いていました。

まるでラジオのニュースでも聞いているかのような流暢な原稿読みと特徴のある話し声。

アナウンサーになることを夢見て諦めず、生徒同士で昼休みも練習しているのだろうか。だけど、近くにアナウンサー学校なんてあったっけ…。

気がつくと、私は無意識にスマホでアナウンサー学校を検索していました…。

野球、ゴルフ、芸能…、スポーツ新聞を最初から最後まで、自らのコメントまで添えながら結構な声量で読み尽くす勢いでした。

しかし、だんだん私はその声を「うるさいなぁ」と感じ始め、そのうちに「ニュースの声」は完全な耳障りな存在となりました。

誰か苦情でも言ってくれないかな。これってスポーツ新聞の著作権侵害じゃないのか。

私の頭の中では、思いついた意地悪なコメントが電工掲示板ニュースのように次々に流れていきました。私は食事を終わって、二人を横目に店を出ました。

今週、再びそのファミレスに行くと、またアナウンサーが新聞を読んでいました。なので、私はその声が届きにくい席を選んで座りました。

嫌味な行動ですが、昼休みは静かに休憩したいのです…。

この日は、前回より席は彼らから離れたものの、ニュースの声ははっきり聞こえてきました。しかし、彼らの方が結構先に来ていたみたいで、程なくして会計をして帰っていきました。

そのときです。私は「あっ」と思いました。最初、もしかしてそうなのかとも思ったのですが、本当にそうだったのです。

ニュースを嬉しそうに聞いていた男性は、席を立つとき、白い杖をついていました。そうです。目が不自由なのです。つまり、新聞を読んでいた男性は、新聞を読めない相方のために読んで聞かせていたのです。

仕事場の同僚なのでしょうか。いつも昼休みに新聞を読んで聞かせてあげるなんて、なんて献身的な行動でしょう。

そして、知らぬこととはいえ、私はなんてひどいことを思ってしまったのか。気が回らなかった自分の愚かさに、涙が出る思いです。

どうかこれからも、新聞を読んで昼休みを楽しんで欲しいと思います。私がまた居合わせたときには、今度は微笑ましい気持ちで一緒に聞いています。

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July 23, 2012

四季

ここ数年で聞いた曲の中で、最も印象に残っているのが坂本龍一+大貫妙子の「四季」です。

私は日本の音楽の詞において、もっと日本語を大事にして欲しいと常々思っているのですが、この「四季」は珍しく純日本語で構成されています。

また、言葉数が少ないので、ひとつの言葉、一行の文が聞き手の想像力を膨らませ、少年、少女の頃の四季の風景が懐かしさとともに目の前に浮かび上がるのです。

色、音、匂い、ぬくもり、寒さ。ピアノと歌声を聞いているだけなはずなのに、色々な感覚が呼び起されて、どこだかわからないけど、生まれた場所のような安らぎへ心が導かれるようでもあります。

美しい四季、それだけを感じていたかったのだけど、心地の良い、だけど少しものさびしい旋律に導かれたその先は、遠くなっても離れない別れの記憶。甦る、胸が締めつけられる思い。そんな切なさが、この曲に印象深さを刻み込み、美しい四季は切ない想いを優しく包み込んでいるのです。

なんて奥行きの深い曲なんでしょう。

と、私も全て日本語で感想を書いてみました。

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April 27, 2012

長崎

1945年8月9日午前11時2分、私の父親の故郷である長崎に原爆が投下された。原爆については学校でそれなりの教育を受けてきたと思うが、広島に比べると長崎については知らないことが多い気がする。

小倉に投下される計画だったが天候の影響で当日に長崎に変更になったこと、爆心地が街の中心から3キロほど外れたこと、広島がウラン型だったのに対し長崎はプルトニウム型原爆だったこと、恥ずかしながら私は最近になって知った。

実は、長崎の原爆は私と無縁ではない。これも恥ずかしながら近年になってから気が付いた事実である。私の父は昭和15年生まれの長崎出身。つまり、5歳のときに長崎で何らかの原爆の被害に遭っているはずだ。しかし、生前、私は父親から原爆の話を一度も聞かされたことがない。おそらく、何か思うところがあったのだろう。なので私もそれについては問うまい。

晩年、父が病院に電話をしている話し声を私は偶然聞いた。「自分は被爆者手帳を持っている」という話し声を。私は大きな衝撃を受けた。父は、あの恐ろしい原爆を体験していたのだ。そのとき、私は生まれて初めてそのことを認識させられた。

平成20年に父が亡くなり、諸手続のため父親の戸籍を調べることになったのだが、そのときに長崎の旧本籍地が判明した。住所は長崎市今博多町。おそらくそこが居住地だったのだろう。しかし、市内にいて、父も祖父母もよく無事だったものだ。市内でも外れの方だったのだろうか。

それから4年経った。私は父親の出生地である長崎を生まれて初めて訪れた。長崎市今博多町は、繁華街からさほど遠くないところに位置している。静かに川が流れる洒落た一角で、ビルと昔ながらの住宅が混在している。そういえば、父は子供の頃に川で魚を取ったりして遊んだと言っていた。この川のことだろうか。

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対岸のベンチに座り、川向こうの今博多町を眺めていると、学生時代の父親が学ラン姿で平屋の家から飛び出てきた。高校へ向かうんだ。きっと家の中には、若い頃の祖父と、自分は会ったことのない祖母が元気な姿でいるんだろうな。そんな平凡で平穏な毎日がこの場所で繰り返されていたのだと、勝手に想像した。

長崎は平地が狭い。さらに、平地を囲む丘陵地は斜面が急で、それにもかかわらず平地と変わらず住宅がひしめき合っている。なので、車が通れる道路は少なく、まともな道路で山の上に向かうにはかなり遠回りとなる。そのため、狭い階段が迷路のように何本も張り巡らされている。階段や坂道はとにかく急勾配で、距離的には効率的に目的地へ向かえるのだが、体力の消費が半端ではない。しかし、この地形こそが私に命を与える遠因なのだ。

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長崎の爆心地は松山町というところで浦上と呼ばれている地区だが、私はこの地にある原爆資料館を訪れた。館内では、原爆投下当日の様子や、その影響範囲、爆発後の悲惨な街や人のの姿、原爆投下後の放射能による影響などが、模型や実物、写真や映像でわかりやすく展示されていた。

爆心地は長崎の中心地から約3キロ外れている。しかし、徒歩で15分から20分くらいの距離で、半径1.5キロの致死率は100パーセントというほどの威力を思えば、3キロ離れていても大方無事では済むまい。実際、中心部でも大きな被害が出ている。

資料館には被害範囲を示した街の模型が展示されているのだが、私は今博多町の位置をスマホのgoogle mapで確認しつつ、被害範囲との位置関係を模型上で確認してみた。今博多町は中心部から歩いて10分ほどの、目と鼻の先の場所である。そこは被害が少ないエリアに属していたが、爆心地から見ると山を挟んだ遮蔽の位置関係にある。この山は金比羅山というが、入り組んだ地形が爆風を遮ったのだ。

爆心地周辺の写真には、真っ黒な死体が多数映っていた。戦争、原爆の真実だ。こんな恐ろしい地獄絵図を、5歳の父は目の当たりにしたのだろうか。それにしても、直接的な被害からは逃れたとはいえ、よく無事に生き残ってくれたものだ。今、私の命があるのも、そのことがあるからに他ならない。あいにく、父の存命中にこのことを感謝することはできなかったが、その代わり、戦争に耐えた人々、復興を支えた人々の上に我々の生活があるということを、後世に伝えていきたいと思う。

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July 04, 2011

ロケみつ ~ロケ×ロケ×ロケ~目指せ!鹿児島 桜 稲垣早希の西日本横断ブログ旅 7 ヒツジの巻 [DVD]

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Amazonで予約していた「西日本横断ブログ旅」のDVDが届きました。このシリーズはTBSの放送では内容がかなり割愛されていたため(特に序盤)、前回の「四国一周」に比べると興味が半減してしまっていたのですが、「そろそろ飽きた」「長すぎる」といったことも原因かと自分なりに分析していました。

しかし、見始めるとやはり「面白い」のであります。この番組の良さは、気が付くと自分が早紀ちゃん目線になっていて、あたかも自分が旅をしているような感覚になってしまうところだと思います。感情豊かな早紀ちゃんに合わせて、ついつい喜怒哀楽まで同調しているんですよね。半年とか1年かけて各県を回るなんて、普通の人の日常ではなかなかできないことですけど、それを疑似体験させてくれるというところに夢があって、我々に楽しさとか勇気とか感動を与えてくれるのです。

第7巻は順風満帆で楽しいシーンが満載でしたが、特に倉敷の美観地区の町並みは江戸時代の雰囲気でなかなか興味深かったです。それにしても、よく食べるなーと思って関心してしまいました。

自分としては、「飽きたわけじゃなかったんだ」ということを認識することができたDVDでした。東京で見ている人は同じように思う人が多いと思うので、割愛された部分は是非DVDで補完しよう。

それから、やはりこの番組は映像美も重要な要素だと思うのです。だからブルーレイで出して欲しいです。といっても、今さら出ないと思うけど・・・。

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February 03, 2011

ニンジンジュース

昨年末からニンジンジュースを飲む習慣を始めたのですが、その効果かわかりませんが、昨日の健康診断で血圧がかなり下がっていました。最近、よく運動をしているので、その効果かもしれないですが、血圧120台は20代の頃以来なかった数値です。悪いときは150くらいまで上がったことも。ニンジンジュースは続けてみようと思います。

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January 16, 2011

SONY CDP-555ESA

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1992年に購入したSONYのCDプレーヤー555ESA。一般向けに販売されている機種では上位から2番目で、定価は90,000円でした。

この前は30,000円クラスのプレーヤーを使用していて、買い替えて最初に聴いたのがジョージ・ウィンストンの「Autumn」でしたが、そのときに感じた、音が前に飛び出てくるような感覚は今でも忘れられません。まるで目の前で演奏しているかのような生々しさでした。

それから、アンプやスピーカーも上位の機種に買い替えて現在に至っているのですが、現在も使用している機器の中ではCDプレーヤーが最古参であります。トライオードの真空管アンプ(TRV-34SE)、ビクターのSX-500DOLCE(スピーカー)と組み合わせて使用していますが、弦楽器などの生楽器音の再生を一番得意としながらも、ポップスなんかでも低音までしっかり鳴らしてくれるので、自分の趣向にはとても合っていると思います。

CDプレーヤーはこれまで一度も故障することもなく今でも現役を続けているのですが、最近になってトレーの開閉が不安定になり、そろそろ20年を迎えようとしている機器ですからさすがにそろそろガタがきたかというところです。ネットでいろいろ調べてみたところ、トレー開閉の不具合は、動力装置の一部であるベルトを交換すれば解消する可能性は高いようで、ベルトもヤフオクで入手可能であることがわかりました。

メーカー修理はもうとっくに打ち切られているので、自分で何とかするしかないのですが、オーディオの場合は古くても良いのは良いですから、そうして使い続けていくことも醍醐味なんですよね。実は、調子が悪くなってすぐに考えたのが「買い替え」なのですが、名機を簡単に手放すのは発想が安易すぎたかと思い直しているところです。

ちなみに、買い替えの候補はSONYではなく、アンプと同じトライオード社の真空管CDプレーヤーTRV-CD4SE。カイン社のOEM製品らしいのですけど、評判はまずまずみたいです。真空管アンプに真空管CDプレーヤーだと音がより柔らかくなりそうなので、山下達郎とかPOPS系だと迫力が物足りなくなってしまうのではないかというのがちょっと不安です。

2つを併用できれば買ってもよいのですが、置き場の問題があるので、やっぱり買うのであれば置き換えが条件です。とりあえず、トレーを修理してから考えよう。

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December 16, 2009

長谷寺(2009)

今年も長谷寺にやってきました。

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来てみて初めて知ったのですが、現在、ちょうど「西国三十三所結縁御開帳」の期間中でしたので、迷わず特別拝観の方へも行ってきました。

特別拝観は本堂脇から入場します。まず、入口で少量のお香を左手の手のひらに盛られるので、案内に従いそれを両手に擦りこみます。次に、左手に「結縁の五色線」を付けて下さって、いよいよ本堂の中へ。長谷寺参詣は5年目ですが、本堂の中へ入るのは初めてです。

通された先は、何と、10メートルを超えるご本尊の御足の前でした。今回の特別拝観では、この御足に触れることができるのです。そうすることで、観音様とのご縁を結べるのだそうです。そして、最後はひとりひとりにお経を唱えてくれます。

私は幼少の頃に奈良に住んでいたこともあってか、4年前にこの長谷寺と出会いとても親しみを感じて、それ以来、毎年訪れています。そんな大好きな長谷寺のご本尊に近づくことができて、今回はとても有意義な参詣ができました。4年前、心身緊張状態だった日常の自分を、自然体に解放してくれたのがこの長谷寺でした。

今回もあのときのように、自分にとっての自然体を思い出させてくれたような気がしました。何か転機のきっかけになるかもしれません。

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December 04, 2009

千日聞き流しせよ

法隆寺に関する文献を読んでいたら、「千日聞き流しせよ」という佐伯定胤(同寺の103世管主)の言葉が目に止まりました。要は、わからなくてもいいから、千日聞き流してみなさいという意味です。

この言葉には大変共感します。石の上にも三年といいますが、2年前、電気通信主任技術者を目指そうと思い勉強を始めた頃、私は教科書の内容がさっぱり理解できませんでした。それでも、同じところを繰り返し読もうと努力しているうちに、何となくわかってきて、気がつくと絶対無理だと思っていた資格を見事手に入れていました。

仕事も同じで、諦めず正面から立ち向かって地道に努力していると、道は開けてくるものです。自分は才能もないし不器用な人間なので、「千日聞き流しせよ」の精神で、地道に築き上げた能力を、さらなる努力で維持していくしかないのです。

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November 29, 2009

江東シーサイドマラソン大会2009

今日は江東シーサイドマラソン大会でした。前回からもう1年ですから、毎回のことながら、月日の経つ早さと年末の到来を実感します。

今回はランニングでの練習期間が1週間しか取れませんでしたが、4~5kmのランニングを5回行い、それは回数、距離共に過去最高でした。ただ、前日の最後の練習が仕事の関係で夜になってしまい、それが当日の体調に若干影響した気がします。

今日は予報に反して好天に恵まれ、コンディションとしてはまずまずでした。ただ、気温が低く、空気が冷たかったので手先が冷えました。そのため、予定では明治通りの途中でひと汗かいてエンジンがかかってくる予定だったのですが、永代通りに入るまでなかなかピッチが上がりませんでした。

そんな我慢の展開ではありましたが、何とかほぼ均一のペースを保って無事に完走。タイムは何と前年と全く同じ。ただ、順位は5回目の出場にして初めて前回より下げました(ほとんど同じですが)。

さて、筋肉痛の影響は果たしてどうなるか。

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July 13, 2009

試験終了

昨日は平成21年度第1回電気通信主任技術者試験の日でした。私は線路の「設備」と専門の「通信線路」を受験しました。

今回の感想は、基本的には過去問に即した内容でしたが、そうはいっても簡単には解答を絞らせない趣向が凝らされていたように思います。気になる出来ですが、出来たとも言い切れないですが、出来なかったわけでもないという曖昧な感じです。どちらかというと専門の方が不安です。

1発で決めたいところですが、果たしてどうなるか。

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