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August 27, 2006

カフェオレキューブ

先週、深夜番組で上戸彩が下北沢のモルディブという珈琲ショップを紹介していました。

そこにカフェオレキューブというテイクアウト用のカフェオレがあるのですが、それは凍らしたコーヒーにミルクを注いだもので、氷が溶けてもそれはコーヒーなので薄まらないという趣向のようです。

とても美味しそうだったので、それを飲むために下北沢へ行ってきました。都営バス、半蔵門線、井の頭線を乗り継いで、1時間近くかけて下北沢へ。井の頭線は高校時代に通学で乗っていた電車です。懐かしさをかみしめながら、4駅の乗車を楽しみました。

下北沢の南口を出て、真っ直ぐ歩くと2分足らずでモルディブを発見。しかし、店の外に書いてあるメニューには「カフェオレキューブ」の文字が見当たりません。テレビで紹介された直後の土日だったのですが、特に混雑した様子はありませんでした。中に入りると、店員の女性が優しく迎えてくれました。このお店は豆売りとコーヒーのテイクアウトが専門なので、店内での飲食はできません。狭い店内でしたが、良い香りと落ち着いた雰囲気で好感の持てるお店でした。私が「コーヒーを凍らせたカフェオレはありますか」と尋ねると、なんと、「ごめんなさい、今日は売り切れなんですよ」。

その瞬間、往復2時間の下北ツアーは目的を失ってしまいました。やはりテレビで見た人がたくさんきたのでしょう。仕方なく普通のカフェオレを買い、それを飲みながら周辺の店を散策しました。この街は若い人が多いのですが、その一方で年配の方も多く、歩く人のスピードがまちまちで、慣れないと歩きずらい感じがました。駅から続く通りは店が並んで人も多いのですが、一本脇道にそれると、それまでの雑踏が嘘のように上品で物静かな住宅街です。

結局、下北沢では普通のカフェオレを買っただけでした。多分、再チャレンジするので、カフェオレキューブを飲んだら感想をアップします。

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August 25, 2006

深川車庫

私が勤めている会社の近くに東京地下鉄深川車庫といのがあります。

この前、深川車庫の前を通ったら、「あ、黄色だ!」と思わず叫んでしまったのですが、有楽町線の07系が停車していました。「どういうことだ?」と疑問を抱いた私は、ネットで調べたらすぐに事情はわかりました。鉄道雑誌でも話題になっていたそうですが、07系は東西線に転用されるため深川車庫に甲種回送されてきたのです(回送中の写真は結構ネットで閲覧できますので、ご興味のある方は探してみて下さい)。どうやら深川でラインの色が黄色から青に塗り替えられるようなので、黄色の状態で深川に停車している07系は貴重と思い、携帯写真に収めました(仕事中に何やってるんだ…)。

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昨日も車庫の前を通ったのですが、青く塗り替えられた07系が停車していました。もうすぐ東西線で見られるのですね。しかし、悲しいのがそれと入れ替えに5000系が退くことです。小学生の頃から私を運んでくれた5000系。いなくなるのは寂しいです。学生の頃は冷房車で電光掲示もある05系がくると喜んだものですが、今となっては5000系が愛らしいのです。また別の場所で働き場所が見つかるといいんだけど。

ちなみに07系は今度投入される10000系と入れ替わるのですが、駅に設置が予定されている開閉ドアと車輌側ドアの位置が合わないため有楽町線から退くようです。10000系は東京メトロになってから初めての新型車輌ですね。本社ビル1階にはその模型が展示されていたので、意気込みが感じられます。

最後に、私が高校2年生の頃、東西線には8000系(半蔵門線)が紫色のまま何編成か走っていました。ドアの上には「東西線」の青い表示幕が貼られていたと思います。快速だととても速く感じ、冷房車だったので、とても格好よく思えました。その8000系も結構古い車輌になってしまったんですよね。半蔵門線でまだ乗れますが、また東西線で走る姿を見てみたいのは私だけでしょぅか。

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August 22, 2006

1990年3月12日の日記より

今日はちょっと変わった趣向でございます。

私は高校生の頃から不定期に日記を書いているのですが、その延長がこのブログになっているわけです。私は昔から自分が書いたものを読むことが好きでして、変な趣味ではありますが、そのことが作文を上達させました。そんな私が1990年に書いた日記がありますので、ここにデジタル化しつつ、どの程度幼稚な文だったか確かめたいと思います。1990年3月、私は大学入試に落ち続け、とうとう進路が決まらないまま高校卒業を迎えたのです。浪人の可能性が高まる中、合格発表は残り3校。ひとつは卒業式当日の午後に発表がある明治大学。そして、その翌日に法政大学の文学部と経済学部が控えていました。それでは、ノーカット、無修正でいきます。

Ⅰ 3.10編
何となくこの日を迎えてしまった。こんなまま卒業していいのか。周りはみな予備校の話ばかり。自分もそれに話を合わしていたら本当に自分も浪人しそうな気がしてきた。冗談じゃない。誰が浪人なんか…。卒業証書…いったいこの3年は何だったのだろう。一流高校に入ったと思ったら気付いたときにはこんなちっぽけな都立高校を今卒業しようとしている。でも3年のうちの後半18ヶ月は前半よりも素晴らしかったと言える自分が嬉しい。いろいろな人に会った。でも今の高校で会った人たちは一生忘れない。こんな自分と友達になってくれた赤城台高校のBoys&Girls、ありがとう。前半よりもどれだけ楽しい想いをしたことだろう。1988年9月1日。あの日から「松山東」という看板を捨ててこの学校に溶け込む決意をして転校した。だから前の学校のことは全く話さなかった。人あたりがいせいか友達はすぐにできた。積極的に自分から話していったのがよかったのか。そんなたくさんの友人たちと今この学校を卒業しようとしている。もう一生この先会わない人もいるかもしれない。この校舎にも来ることはない。あの教室であのメンバーが集まることもない。こんな重大なセレモニーに自分はこんな半端な気持ちででるなんて…。進路も決まっていないのに卒業式。5時間後の自分の姿はどうなっているのか。怖いけど楽しみもあった。気付くと卒業式は終わっていた。やがてホームルームも最後の挨拶のコールがかかる。もっと誰かと話して帰りたい…3時間後の自分の姿はどうなっているのか。学校を背にする自分は卒業どころではない。形だけ卒業した自分は渋谷で今度一緒に野球を観にいく友達と別れた。
心の中はまだ卒業できない自分が悲しい。秋葉原で昼食をとると余った時間を山手線一周で過ごした。そして御茶ノ水へ。「必ず笑って帰るぞ」そう言い聞かし明大の門を入る。ちょうど掲示するところであった。まず合格者の数を数えた。昨年より少ない。3762…ない。…また…8連敗だ……
こんなショックは初めてであった。ついに浪人の2文字が目の前にちらつき始めた。「クッソー バカヤロー」こんな悔しい思いも初めてであった。明日があるじゃないかという自分の自分に対するなぐさめもショックで落胆した気持ちをどうすることもできなかった。パソコンが…ゲームが…自由が…俺の手を離れてゆく。あの答案に書いた答はもしかしてメチャメチャなのか?つまり一年やってきたことはメチャメチャなのか?2月のはじめにあった自信はどこへ?“自分のやってきたことは無駄じゃなかった”なんてウソだったのか。家に帰りたくない。バスの中から両国予備校の寮が見えた。来年はあそことかかわるのか?今まで自分が想像していた今日の自分と今の自分にこんなギャップがあるなんて…
バカヤロー!こんなときに弱気になるなんて自分らしくもない。絶対明日は…明日は合格だ。こんなにマズイステーキは初めてであった。

以上が卒業式当日の模様を再現した日記です。最後のステーキというのは、卒業を祝って家族で食事に行ったのですが、それどころではなかったので味もわからなかったという意味です。高校生活に感謝する気持ち、そして入学試験に落ち続けたことによる絶望感がよく感じられますね。よく考えたら、スキャンして貼り付ければそれで終わったのに…。でも、18歳に戻ったつもりでこのまま続けます。

Ⅱ 3.11編

土曜の夜は不吉な思いばかり。寝たのは1時過ぎ。もう両国予備校の申込書はスタンバイOK。何故浪人がいやか?それはもう体力も精神力もすでにすり切れてなくなったからだ。浪人する連中はもう入試前からそのつもりである程度気楽に落ちて浪人するのだ。「浪人させない」と言い聞かされて全体力・精神力を今年に注いでしまった自分に今はもう何も残っていない。明日もし駄目だったときの自分はいったい何をしてかすか自分でも想像を絶するところだった。あとはない。
~あ、朝だ。ついに…。今日も昨日と同じ思いをしたらもうどうしようもない。…い…行くぞ。ついに家を出た。
「落ちても気にすることはない」なんて言われても無理であった。そうなれば大ショックを受ける自分は目に見えていた。電車に乗っていても落ちつかなかった。飯田橋が近づくと鼓動が異常に高なった。ああ…ついに着いてしまった。駅を出て歩くとこの前も来た堀の並木道。ここを毎日歩きたい…
右手には赤い中央線と堀のボート…見上げると空は一面青。東校の発表の日のように。キャンパスが見えてくると体は震えて立ち止まりたくなった。東海大高輪台の発表の日のように。ああ…どうしよう。この3年間はこの一瞬に集約されようとしている。「ええーい自分がどんなに駄目かこの目で見てこい」と自分に言い聞かせ開き直って掲示板へ。1837…あ…あった夢じゃないぞ。合格だよ。いきなり泥沼の底から天国へ上がっても実感はわかないものである。無表情の人間の集団の中で思わず笑顔になってしまった。溢れそうな涙をこらえて合格記念品をもらいに行った。そして忘れてた経済学部の発表も見ていくことにした。あ、あった。まさかのW合格である。浪人せずにすんだ。よかった。そう思うと帰りの電車の中で涙が溢れてきた。下を向いて寝たふりをしていた自分であった。そういえばキャンパスに向う途中手ぶらで固い表情で駅に向かっていた連中は落ちたのだろう。ずいぶんいた。その中で合格できた自分はやはり胸を張っていいんだろう。今夜も眠れないよ。

前日とは打って変わって、ハッピーエンドで締めることができた高校生活。自分にとっては3年間を集約したような激動の2日間だったので、おそらくその心境を残しておきたくて日記に書いたのでしょう。法政大学は2つの学部に合格してしまったのですが、英文科を希望する私と経済学部を薦める親がこのあとに対立し、ひと悶着あったのです。まあ、人生はすんなりいかないものです。結局、スポンサーには逆らえず、経済学部に入学したわけですが…。この日記を読むと、人によっては「高校生活をオーバーに捉えすぎなのではないか」と思われるかもしれません。しかし、私は中学も高校も転校しているのです。仲良くなった友達と一番楽しいときに別れ、全く違う環境へと移っていったのです。勉強の面でも、教科書が変わりますからこれもまたひと苦労。さらに、編入した高校が家から遠くて通学が大変になったりと、受験にあたっては色々ハンデを背負っていたんですね。だから逆に負けてなるものかと、不器用ながら一生懸命毎日を過ごしていたのです。

さて、読み返してみると、今書いている文章と大して代わり映えがしませんね。進歩がないということでしょうか。

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August 20, 2006

邃渓園

「花園稲荷神社」の続き。

上野から京成電車に乗り、列車は日暮里、町屋を抜けて青砥に差し掛かりました。ここは京成押上線との合流地点になりますが、本線の上野方面と、押上線の都営浅草線方面とでは、どちらの方が多く人が流れるんでしょうね。日本橋、新橋方面へ直通で行けたり、京急線の羽田空港へ直通で行けることを考えると、押上線の方が利用者が多いのではないかと思いますが、実際はどうなのでしょう。一応、本線は上野方面だそうです。これ以上続けると鉄道ネタになってしまうのでやめましょう。

さて、高砂で金町線に乗り換えてひとつ目、柴又駅に到着です。上野からの所要時間は20分と少々。この日は帝釈天の中にある彫刻ギャラリーと「邃渓園」という日本庭園を訪れるのです。私はお参りはあとのことにして、早速目的の見学に向かいました。入場料は300円で、彫刻堂と庭園の両方に入場できます。靴を脱いでお堂に上がると、裸足になりました。最初に彫刻堂を見学したのですが、帝釈堂には立派な彫刻の数々がほどこされています。それを見学できるよう、帝釈堂外周に建物が作られ、それが見学コースになっていました。

続いて庭園の方を回ったのですが、こちらが実に素晴らしかったです。庭園を囲むようにその外周を回廊が囲んでいるのですが、そこを歩いていると、まるで祖父母の家にいるような気持ちになりました。祖父は既に亡くなり、祖母は施設に入っているため、まだ家は残っているものの、中には入れず、いずれ取り壊されるみたいです。その家に入ったのはもう10年以上も昔のことで、今後もきっと入ることはないでしょう。だから、そんな和風の家がとても懐かしく、廊下の木と部屋の畳の匂いがそんな想いを一層掻き立てました。

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庭園はよく手入れがされていて、丸みを帯びた優しい形に整えられた松が、見る人の心を和ませてくれていました。廊下の途中に腰掛があったので、そこに座りぼんやりと庭を眺めました。自動の給湯器もあって、お茶をいただくこともできました(無料)。日曜の午後でしたが、ちょうどお客さんが少なくて、そこで静かに時を過ごしました。せみの声、庭園を流れる水の音。東京にいることを忘れてしまいそうでした。

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庭園の中にもいろいろな表情があって、全体がよく見渡せる南側から見る絵と、木に囲まれた北側から見る絵とでは、光と影のような対称が感じられ、異なった趣があります。さらに、南は落ち着いて庭園を眺められる「静」を、北側には池を配置して鯉を元気に泳がせる「動」を感じさせ、「光」「静」と「陰」「動」の絶妙な組み合わせにより、全体の均衡を作ってありました(私が勝手に思っただけですが…)。

帰りに、祖母に小さな数珠を、そして自分に自動車の交通安全のお守りを買いました。数日後、その数珠を祖母に渡しに行きました。元気なのですが、記憶があいまいなので、私が行っても誰が来たのかわかっているのかどうか不明です。でも、数珠を喜んでくれて、早速身につけていました。最近、自分が行ってもわかってもらえないので祖母のところへは足が遠のいていたのですが、帝釈様にお参りして売っているお守りを眺めていたら、なぜか祖母に買ってあげようという気になったのです。もし自分とわかってもらえていなくても、喜んでもらえたからよかったと思いました。小さなことですけど、ひとつ人のために「いいこと」ができたかなと思っています。

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ダンス☆マン

最近、自分の好きなアーチストの動向を追いかけるということをほとんどしなくなりました。なので、知らない間にライブが行われていたとか、テレビに出演していたなどということが増えています。ダンス☆マンもそんなアーチストの一組なんですけど、昨日、1年半ぶりにライブへ行ってきました。

以前はダンス☆マンのファンクラブに入っていたのですが、いつからか更新手続をしなくなったので、情報がこなくなってダンス☆マンの存在自体も半分忘れていました(許して!)。HPで調べたら、1年前にもライブが行われていたのです。知りませんでした。

私がダンス☆マンを知ったのは2000年の秋です。アルバム「MIRRORBALLISM 3」が発売された頃にテレビ出演していたダンス☆マンを見て、一目惚れみたいに彼の音楽性に惹きつけられました。それからCDを集め始めて、翌2001年7月には赤坂BRITZで初めてライブに参戦しました。さらに12月25日には六本木ベルファーレで行われた「X'mas TOUR 2001 with RAY PARKER Jr.」にも行きライブ常連客化、そして2002年にはライブで名古屋遠征を果たしました。

今回は偶然HPで情報を見つけて行くことになったのですが、本当に行って良かったと思いました。実は会場(横浜)が遠いのであまり行く気はありませんでしたが、友人が「行こう」と言ってくれたので横浜まで足を延ばすことにしたのです。多分、今日のライブに参加していなかったら、ダンス☆マンの素晴らしさを忘れてフェード・アウトしてしまっていたことでしょう。

ダンス☆マンは、洋楽の歌詞の音を日本語に置き換えてカヴァーしています(いわゆる「空耳」方式)。その日本語詞が笑いを誘い、しかも皆が日常生活の中で思っていながらも特に口にしないこと(つまり半分どうでもいいこと)を取り上げているので、そのことがさらに可笑しさを増幅させるのです。隙間産業的なセンスの良さを感じます。そんな、一見コミック・バンドと思われがちな特徴を持ちながらも、ダンス☆マンとそのバックのミュージシャン達の演奏は素晴らしく、各パートが生き生きとした音色を聴かせてくれます。個人的にはコーラスのO.L.が非常に好きで、CD等では「ハスキーボイスが魅力」と紹介されていますが、私は「接吻のテーマ」や「英語を使って話したい」で聴かせてくれるような美しい高音に魅力を感じます。国分友里恵と並んで私の好きな女性コーラスのひとりです。

ライブで楽しいのが踊ることです。ライブではコーラスの振りに合わせて観客もそれを真似するのですが、この振りが簡単ながらも内容が凝っていて実に楽しいのです。例えば、「接吻のテーマ」では「唇」という言葉が何度も出てくるので、いかりや長介のポーズとドリフのヒゲダンス等を組み合わせた振り付けになっています。そんな歌詞の内容に合わせた振りが各曲に付けられているので、ライブでは曲を聴くだけでなく、コーラスの振り付けを見たり、自分で踊ったりというたくさんの楽しみがあります。

昨日は忘れかけていたダンス☆マンの楽しさを思い出すことができました。次回は12月に亀有でライブがあるそうなので、絶対に行きたいと思います。

赤レンガでのダンス☆マンのライブに行ったのは2回目ですが、ここは終演後に食事をしたりお酒を飲んだりできる気の利いた店があまりありません。周りも官庁街なので、夜に営業しているような飲食店は見当たりませんでした。やはり関東のライブは東京でやって欲しいですね…。ちなみに、昨日のライブでダンス☆マンが「次回は亀有でやります」と言ったら、観客の一部からは笑いがおきました。ライブ(しかもクリスマス)と亀有、私もイメージが沸きません。

<セット・リスト>
ダンスマンのテーマ
ヘンなあだ名はイヤ
釣りしよう!ほら、サオ振ろう!
MC
ワンBOXのオーナー
漢字読めるけど書けない
"ドーム3コ分"ってどのくらい?
MC
「ゴメン」言いづらい
いつもゴールデンかラブラドール
MC
未発表曲
ニセダンスマン
未発表曲
BOMBER
よくある名字「斉藤」
ミルク好き
バスタオル舞うお風呂
メンバー紹介(グッと耐える)
ダンス部 部長南原
(EC)
メンバー紹介
MC
背の高いヤツはジャマ
接吻のテーマ

<出演>ダンス☆マン&ザ・バンドマン
DANCE☆MAN
STAGE CHAKKA MAN
HYUHYU
JUMP MAN
YOGA FIRE
WATA-BOO
DJ. SABURO
O.L.
ANNIE

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August 18, 2006

花園稲荷神社

上野公園というと動物園があるだけと思っていたのですが、お寺や神社があるとは知りませんでした。

先日、京成線に乗ろうと思って上野恩賜公園の前を通りがかったのですが、電車まで時間があったので、公園に立ち寄ることにしました。公園に入るのは、幼少の頃、動物園に来て以来だと思います。

ここは上野の山といわれる小高い丘陵地になっていて、木々や池などの自然に囲まれ、都会の中の憩いの場として賑わっています。そんなお山の一角に、花園稲荷という気になる神社を見つけました。公園中央の通りから不忍池方向に向かって降りていく階段があるのですが、赤い鳥居が幾重にも連なって、狭い山道を縫うように本堂へと導いていきます。

山の中腹あたりに位置し、静かに参詣者を迎えてくれている気がして、何だか好きになれました。このあと上野公園をあとにした私は、柴又の帝釈天へ向かったのでした。(つづく)

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August 17, 2006

写経

昨日から写経を始めました。

故あって、私は奈良の長谷寺に恩返しがしたく、来月にお礼参りに行く予定なのですが、その前に何かできることはないかと思い、見つけたのがこの「写経」です。

写経を始めるにあたり、お手本、なぞり用紙、清書用紙のセットを買うのですが、このお金が長谷寺に保管されている文化財の維持管理にあてられるそうなので、小さなことですが私も進んで協力することにしました。

一昨日、そのセットが届いたので、早速始めることにしました。写経を始めるには、まず心身を沈めて着座しなければなりません。そのためにはまず散らかっている部屋を片付けなければなりませんでしたが、家全体を一度に片付けるのは大変なので、まずは着座する部屋に絞って手をつけました。床に転がっている本は棚に戻し、埃は掃除をし、物の配置は整然とし、1時間以上かかりましたが写経をするにふさわしい部屋ができあがりました。

お香を焚き、それを机の隅に置きました。次にお手本となぞり用紙を広げ、一字ずつゆっくり薄く書かれた経文を筆でなぞっていきました。しかし、字を書いている途中でふと明日の仕事のことが頭をよぎると、その瞬間に神経集中の途切れが筆に伝わり、筆は軌道から外れ字が乱れるのです。さらに、10分もすると今度は足が痺れてきて、筆を進めるペースが急がされ、文字の乱れを誘います。

神経を集中して文字を丁寧に書き進めるのは、最初は短時間しかできません。なので、1日に書くのは5行程度にして、慣れてきたら徐々に1日の量を増やしていきたいと思います。

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August 11, 2006

葛飾柴又

葛飾柴又帝釈天の参道は、私が小学生の頃から馴染みの深いところです。しかし、それは映画を通してのことでして、実際に行ったことは一度もありませんでした。柴又と聞いて最初に浮かぶのは、京成電車の駅と踏切の音です。でも、映画の中で見た柴又駅は今では変わってしまったのだろうと思っていました。

今週の日曜日の夕方、私はそんな柴又の駅が見たくなって、車を北へ走らせました。本当は電車で行きたかったのですが、かなり遠回りになるのでやむなく車を選びました。柴又というと小岩の少し上あたりですから、すぐ近くという印象をもっていたのですが、江戸川を挟んだ対岸は松戸市なので、そう考えると結構北の方なんですね。

柴又に着くと、駅前にちょうど100円パーキングがあったのでそこに車を停めました。そして踏切を渡り、柴又駅が見えてきました。映画で見た柴又駅と同じ形、そしてホームも踏切も昔の雰囲気をそのまま残していました。映画と違うのは駅前広場に寅さんの像があることくらいでしょうか。きっと、映画の雰囲気を壊さないように地元の人たちが協力しているのでしょう。

さて、私は早速帝釈天へ向かって参道を歩きました。参道沿いに並ぶ団子屋、食堂、みやげ物屋などは、昔ながらの木造瓦屋根の建物が多く残っていて、そんな雰囲気を楽しんでいると自然に歩く速度もゆっくりになってしまいました。帝釈天に入ると、正面に本堂、左手に鐘があって、本堂の奥にも建物が続いていました。私が嬉しかったのは、本堂に靴を脱いで上がれたことです。昨年、二条城を素足で歩いて以来、素足が木の床に触れることが大好きになったのですが、中に上がれるところはなかなかないので、意外と身近な場所にそのようなお寺を見付けました。

柴又の町は観光地のような雰囲気もありますが、かといって飾らない自然なところです。初めてきたのに、まるで自分の故郷のような気分にさせてくれました。

帰る前に、京成電車に乗ってみました。高砂から本線と分岐する京成金町線は、始発駅と終着駅の間に駅がわずかにひとつ。それが柴又駅です。柴又から金町までは単線です。この路線の歴史を辿ると、人車鉄道に遡ります。人車鉄道とは、線路上の車両を人が押して進んでいく鉄道です。金町駅から帝釈天へ参詣するための足として開業したものだそうです。柴又駅で電車を待っていると、見える景色や聞こえる音の全てが下町の雰囲気をもっていて、家から大して遠くもないのに、どこかへ観光に来たような気分に陥りそうでした。

金町から柴又に戻ってくると、駄菓子屋で見つけた大好きなキャンディーズのブロマイドを買い、そしてラムネを飲んでから家路につきました。お盆にお墓参りのため市川へ行くので、帰りにまた帝釈天にきてお参りしたいと思います。次回は写真を撮ってきます。

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August 01, 2006

角松敏生

先週、友人に角松敏生の新譜「Prayer」を貰いました。家でじっと構えて聴くのもなんか違う気がしたので、車で聴こうと思い、都内をひと回りしてさきほど帰ってきました。

近年の作品では「Summer 4 Rhythm」が一番好きなので、新譜が出るとそれと比べてしまうのですが、果たして今回はどうでしょうか。「Summer 4 Rhythm」はコンセプトに企画物的な要素があるので、「それが一番良い」と言ってしまうと、ファンの方からすると「それは違うよ」と突っ込まれそうですが、私はそれほど入れ込んで聴いているわけではないので、そういう人からすると聴きやすい作品なのです。

先にひとことで感想を言ってしまうと、「角松敏生定例会」でした。人によってアルバムの出し方というのはいろいろあると思うのですが、最近の角松さんの場合、周期的に出すことを前提に、その時点での角松敏生の音楽をファンの人に発表しているように思えます。彼ほど実績がある人だと、一見、周囲のことは気にせず自分のペースで活動しているようですが、実はファンに優しく、とても律儀なんじゃないかと私は思います。なので、前々作と前作、前作と今作というのを線で結ぶとなだらかな曲線になる気がします(昔は凍結とか、急に線が消えたりしましたが…)。人によっては毎回違ったテーマというか、色があって、それが完成されたときに出すっていうスタイルもありますが、最近の角松さんの場合はそれとは違うと思います。スタイルはいろいろあっていいし、私は発表会スタイルは好きですね。

さて、中身ですが、先に述べたように、定例会であり発表会なので、目の前にお客さんがいるっていう意識がすごく伝わってきます。1枚通して聴くと、まるでライブを1本観たようです。いきなりインストから始まってしまうのも正にライブっぽい演出で、それ自体は「もうわかってるよ」という感じなのですが、そのサウンドを耳にしていると、これから神秘の世界へ連れてゆくのか、はたまたリゾートチックの世界へ連れてゆくのかと、無意識のうちに惹きこまれていきました。しかし、インストが明けて実質の1曲目が始まってみると、コテコテの角松ビート。でも、「それを待っていたんだ」と思わずにやけてしまい、ギターのリフレインをずっと耳で追ってご機嫌になってくると、すかさず2曲目が始まりました。なんか「Summer 4 Rhythm」でも似たような曲あったなーなんて一瞬思ったのですが、次の瞬間にはリズムに乗っている自分がいました。この曲もギターに耳にいってしまうのですが、ギターはこのアルバムのサウンドの要。今回の日直みたいなもんですね。

まあ、そんな感じで続いていき、本編最後は「Smile」で締めるのですが、終わり方が美しすぎます。さらにアンコールの位置づけと思われる13曲目はLiveの録音をもってきて、本当に綺麗にまとまっています。構成の緻密さとライブ感あふれる演奏が見事に噛み合い、ベテランの味というか、言うことなしですね。ちなみに、「Summer 4 Rhythm」ほどリゾートチックではないですけど、強く内政的というわけでもなかったです。角松敏生を聴きながらドライブというとお台場か六本木あたりが似合いそうですが、今日は王子、大塚、谷中といった下町方面に行きました。「Prayer」はそっちの方が合ってるかもしれません。

Webでアルバム紹介文を読んでいると「集大成」みたいなことが書いてありますが、確かにそうなんですけど、私は通過点、すなわち定例会'2006だと思っています。次作は来年か再来年かわかりませんけど、「こんな曲、前にもなかったっけー」と思わせるような、それでいて新しい引き出しも開けてくれる角松敏生アルバム・ライブを聞かせてくれるはずです。

アルバムを聴いてない人にとっては、何のことだかわからない内容だと思いますが、まあたまにはいいじゃないか。

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