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February 24, 2007

食器洗い乾燥機

考えの古い人は、食器洗い乾燥機と聞くと、家事の手抜き道具なんて思っていることでしょう。私も最近までそれに近い考えを持っていたのですが、家電製品エンジニアの資格を取って、180度考えが変わりました。

まず、食器洗い乾燥機は省エネ家電といえるわけですが、おそらくそのようなイメージはあまり浸透していないのではないでしょうか。手洗いに比べると、水の使用量が1/3~1/5で済みますし、電気代はかかりますが、手洗い時にも照明で電気を使いますから同じことです。その上、すすぎ時の水は高温で、乾燥までやってくれますから食器を拭く必要がなく、除菌効果があります。

まとめると、経済面、衛生面、環境面にメリットがあり、台所労働からも解放されます。工事や設置スペースが必要ですが、最近の製品はコンパクトに出来ていますし、工事といっても水道を分岐する作業ですから、大げさなものではありません。50,000円くらいから買えると思いますので、考えてみてはいかがでしょう。私は最近スチームオーブンレンジを買ったばかりなので、次(数ヶ月後かな)に買います。

専用洗剤が必要です(洗剤の代わりに塩を使用する製品もあります)。また、洗えないものもありますから、手洗いから100%解放されるわけではありません。

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格安長距離バス

先日、大阪でバスの死傷事故がありましたが、そこで浮き彫りになったのが過剰労働にあえぐ運転手でした。

実は、近日、私も格安の夜行バスを利用して関西へ出掛けようと考えていました。ある予約サイトでバスを検索すると、東京から大阪まで、最安で片道3,000円台後半で行くことができます。私の感覚では、関西へ旅行すると交通費だけで往復20,000~25,000円はかかる計算なのですが、格安バスで往復すれば10,000円でお釣りがきます。そのため、新幹線なら1度しかいけない金額で、2度も3度も行けてしまうわけです。これなら、今年は奈良や京都のお寺を好きなだけ回れると思って楽しみに思っていたのですが、やはり桁違いに安いサービスにはどこか落とし穴があるんですね。いくら安くても、聞いたこともないようなバス会社を利用して、疲れた運転手に事故でも起こされたらかなわないですから、使う側も値段だけで飛びついてはいけないと思いました。いくら事故を起こした側が悪いといっても、大怪我をしたり命を落としたりするようなことがあったら取り返しがつきません。

やはり、筋の通ったお金は払うべきであり、それが自分を守ることなんですね。

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February 21, 2007

1986.8.3 TOKYO BAY-AREA(さいご)

DVDを見始めたのは1時間ちょっと前なのに、見所があり過ぎて1曲目の「SEE YOU AGAIN」が始まった頃が随分前に思えます。前半の明るい時間帯は周囲が見渡せたので会場の規模の大きさに圧倒され、後半は次々に夜空へ放たれる花火に興奮しました。それでも、より心に深く残っているのは演奏された曲のひとつひとつであり、「SWEAT&TEARS」で一度幕を閉じたTOKYO BAY-AREAでしたが、その続きを待つ観客全員がアンコールの大合唱を響かせていたのでした。

メンバーが再びステージに登場すると、やがて坂崎のギターがメロディーを奏で始めました。それは「ラブレター」、アルフィーのデビュー曲です。10万人のステージ、いくら規模が大きくなっても初心を忘れてはいけない、そんな気持の表れのような気がします。でも、ファンは誰もがみんなわかっています。どんな状況になったって、アルフィーは変わらないということを。

最後の曲は「ROCKDOM~風に吹かれて」。「ラブレター」の次に、翌月に発売される予定の最新シングルをもってくるあたりは、さすが粋な演出ですね。「13年かかって、この歌に辿りついたような気がします」と高見沢が言うように、「ラブレター」から「ROCKDOM」に至るまでの年輪をこの歌に感じるのですが、その根底にあるものは「ラブレター」も「ROCKDOM」も変わらないのではないでしょうか。

最後の曲を歌い終えた3人は、高さ20メートルのステージ最上段へ駆け上がり、客席に向かって万歳で声援に応えました。この数年、武道館、スタジアム、BAY-AREAと、素晴らしい内容のステージを演出してきた一方で、いつしかコンサートの規模が大きくなっていくことの方が目立っていたと思います。でも、10万人コンサートを成功させたことで、彼ら自身もファンも、数字を追いかけることに対して区切りがつきました。3人の万歳はその象徴、これからは規模よりも、よりファンの心に響く歌を聞かせるために彼らは活動してくれるのでしょう。
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THE ALFEEはこの年の秋、アルバム「AGES」をリリースし、BAY-AREAが終わっても素晴らしい曲の数々を世に放ち続けました。あれだけの偉業を成し遂げ、間髪入れずに次の作品をヒットさせるところをみると、10万人を集めても彼らは冷静で、裏では次の準備もきちんとやっていたに違いありません。今、自分が大人になってTOKYO BAY-AREAを振り返ってみると、見た目の規模の大きさだけではなく裏で動いていたであろうもっと大きなもの、THE ALFEEに見習うべき姿勢など、気付く点や学ぶ点が非常にたくさんあるのです。私もせっかくTHE ALFEEのファンのひとりなのですから、音楽を楽しむだけでなく、それ以外に学んだことの数々を、一人の大人の人間としてこれからも生かしていきたいと思っています。

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最多訪問者数記録

こんなマニアなブログにもかかわらず、一日に平均30人くらいの方が訪問して下さっています。どうもありがとうございます。

これまでの1日の最多アクセス記録は、昨年の8月25日に記録した120で、その日は東西線の深川車庫を取り上げたのですが、なぜかその記事へのアクセスが集中したのでした。ただ、このときの訪問者数は半分の60人で、つまり、1人あたり平均2ページ見ていった計算になります。

昨日、「華麗なる一族」についての記事をアップしたところ、アクセス数こそ101でしたが、訪問者数は深川車庫のときを抜いて81に達し、これは当サイトでは過去最高でした。

別に狙ったわけではないですが、たくさんの人に読んでいただけるということは嬉しいことです。ちなみに同時にアップした「牛久大仏」は全く反響がない…。

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February 20, 2007

華麗なる一族

19日の毎日新聞に、TBSで放送中のドラマ「華麗なる一族」についての記事が載っていました。

劇中で何度も登場する神戸の街並みは、意外にも上海で撮影されたそうです。上海には映画村みたいなところがあって、そこに昔の街並みが再現されていて、「華麗なる~」の撮影中は中国語の看板を日本語の看板に交換して使ったと書いてありました。神戸の港は現在の風景とCGで、万俵家の住まいはまた別のところにセットを作ったそうなので、出演者の人たちは移動が大変だったでしょうね。

万俵家にある装飾品について、美術担当の方のコメントが載っていたのですが、家の中のモノは「単に当時のモノを採用するのではなく、現代でも通用するモノを選んでいる」そうです。このコメントは美術に限らず、このドラマ作り全体に通じるコンセプトだと思いました。以前にも書きましたが、普通なら、30年前に豪華キャストで作られた映画の「華麗なる一族」と比較されたら勝てないと思うのですが、予想外と言ったら失礼ですけど、ハイビジョン映像も手伝ってか、決して映画版と比較して遜色ない作品に仕上がっています。それは、ドラマに携わる全ての人が美術の人と同じようなこだわりを持って参加しているからなのでしょう。

私は役者としての木村拓哉についてはよく知らなかったのですが、今回のドラマを見て、良い意味で昔っぽい役者だと思いました。歌舞伎出身の時代劇役者は演技の型がきっちりしていて、目のやり方、動きのひとつひとつが美しく、乱れがないのですが、少しそれに近いものを感じます。男から見てもカッコいいですね。

私の今後の見所は、映画版と同じストーリーなのか、それとも少し変えてくるのかというところです。映画版はDVDで出ていますので、未だ見ていない方は是非一度見て欲しいですね。木村拓哉の役を仲代達矢が演じているのですが、こちらもなかなか良いですよ。

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牛久大仏

平日の休暇、天気が良くて暖かかったので、ドライブに出掛けることにしました。目的地は、正月にテレビで見た牛久大仏。どれだけ巨大なのか自分の目で実際に確かめることにしました。

牛久へのアプローチは常磐道を使うのが普通だと思いますが、マニアックな私は東関道で向かうことにしました。行徳(千葉県市川市)発だったので、湾岸市川で乗り成田へ向かいます。成田で高速をおりたあとは、成田山の横を通って408号線を延々と北へ。利根川を渡り茨城県の稲敷市に入ると、道路の両脇は遠くまで田園風景が広がっていました。成田を出て30~40分くらい経った頃、車は既に牛久に入っていたましたが、大仏の規模からしてそろそろ見えてきてもおかしくないはずでした。そして、そう思った数分後、ついに視界前方に大仏の姿を捉えました。
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信号待ちでファインダーを覗かずに撮ったので傾いている

牛久大仏は霊園の中にあります。そこは浅草に本山がある東本願寺派の霊園で、大仏は1993年に完成、高さが120mもあり、奈良の大仏が手のひらに乗るほどの大きさだそうです。近くで見るより、少し離れたところから見た方が大きく感じます。その感覚は私が撮った写真で味わって下さい(私は最後の写真が一番巨大に感じる)。
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中にも入れて、地上85メートルのところまでエレベーターで上れるそうですが、この日は外から見るだけにしました。

帰りは常磐道で桜土浦から帰ってきたのですが、マニアックな私は柏で降りて一般道で市川まで帰りました。柏でおりると16号が混むではないか思われるでしょうが、裏道の農道を使って帰ったのでした。

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February 18, 2007

DVD「THE ALFEE 1986.8.3 SWEAT&TEARS TOKYO BAY-AREA」

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「TOKYO BAY-AREA」のDVDはまだ売ってますよ。
http://www.amazon.co.jp/ALFEE-1986-8-3-SWEAT-TEARS-BAY-AREA/dp/B00005NJQW/sr=1-1/qid=1171737638/ref=sr_1_1/503-3426094-7986358?ie=UTF8&s=dvd

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清澄庭園

先日、現場調査の仕事で清澄庭園(の近く)へ行ってきました。

下町ではありますが、交通量の多い清澄通りに面していて、清洲橋通りもすぐ近くに通っているという賑やかな場所。でも、入場料150円を払って中に入ると、そこには大きな池があって、それを中心に日本庭園が形成されていました。

隅田川を挟んだ向こうには箱崎あたりの背の高いビルがいくつも見えるので、いかにも東京にある日本庭園という感じがして好きになれます。外からは内側が見えにくい構造になっているので、入ってみないと庭園の様子はわからないのですが、意外に大きな庭園で、ひと回り散歩するだけでも気分転換には良さそうです。「都会の異空間」とでも言いたいところですが、周囲の下町の雰囲気ともよく馴染んでいるので、「下町のオアシス」といったところでしょうか。

仕事の途中に通っただけで、寄り道なんてしてないですよ!?

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1986.8.3 TOKYO BAY-AREA(つづきのつづきのつづき)

後半の1曲目は「祈り」で静かに幕を開けます。演奏は坂崎のアコースティック・ギターだけのシンプルな構成で、
普段のステージであれば最後は高見沢のギター・ソロで激しさを増すところが、曲が終わると会場は静寂に包まれました。しかし、その次の瞬間、開演時よりもさらに激しい爆音が響くと同時に、ステージ後方の左右から巨大な炎が、いや、火の玉が天に向かって舞い上がりました。

客席は静寂から悲鳴のような歓声に変わり、次の曲、「GATE OF HEAVEN」のイントロが始まりました。この曲は組曲になっていて、アルフィーのような音楽ジャンルにしては珍しく、複数の楽曲で構成されている作品です。珍しいというより、他のアーチストでこのような楽曲を私は聴いたことがありません。アルフィーでは他にも「THE AGES」「DNA Odyssey」といった同様の作品があり、いずれも10分近い収録時間の長い曲になっています。自分の引き出しの中から1曲にいくつも詰め込むわけで、しかも、それが何曲もあるというのはサービス精神旺盛だと思います。「GATE OF HEAVEN」が終わると、今度は「パァーン・パァーン・パァーン」という音と共に、マグネシウムのような激しく眩しい光をした花火が3度上がりました。

花火の余韻で客席は未だ興奮から覚めない様子でしたが、それをなだめるように曲は「SINCE1982」へと続いていきました。この曲が歌われるということは、コンサートはもう終盤に差し掛かっているか、それかもうアンコール前の最後の曲なのかもしれません。会場は静かに曲に聞き入っていました。

「SINCE1982」が終わると、「ワン・トゥー…」という掛け声に続いて、あの曲のイントロが始まりました。やはりコンサートのタイトル曲をやらずにアンコールへ進むことはなかったですね。「SWEAT&TEARS」が始まると、ステージ上の3人は楽しそうに、飛び跳ねるように動き出しました。さらに、空高く何発もの花火が打ち上げられ、同時にイントロをかき消さんばかりの歓声が客席から沸きました。
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後半に入ってからの怒涛の演出は、観客とアルフィー自身の興奮をそのまま絵にしたような光景で、その迫力は今DVDで見ても生々しく伝わってきます。「SWEAT&TEARS」の終盤、3人はステージの中段へ上がり、高見沢が客席に向かって拳を突き上げました。そして次の瞬間、巨大な舞台を光で覆い尽くしてしまうような激しい火の粉が、ステージ後方で美しく吹き上がりました。
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演奏が終わると、高見沢は一瞬達成感を感じたのか虚脱したように坂崎の肩に手をかけました。そして、「どうもありがとう」と観客に声高く叫び、ダメ押しの花火がまたしても激しい爆音と共に上空で開花しました。
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売れなかった長い冬の時代から、ライブハウス、ホール、武道館、横浜スタジアムと、一歩一歩着実にファンを増やしてきて、来たい人がみんな入れるコンサートいうことで実現した「TOKYO BAY-AREA」。武道館や横浜スタジアムのときは、「やるとは言ったものの本当にお客は埋まるのか?」という状況だったそうですが、結果は満員御礼で有言実行だったわけです。そうやって大きくなっていったTHE ALFEEが、10万人を前にTOKYO BAY-AREA最後の曲「SWEAT&TEARS」を歌い終えました。

さきほど私は高見沢さんを「虚脱したように」と表現しましたけど、やり遂げた瞬間の気持というのが何となくわかる気がします。私がこのビデオを初めてみたのは中学3年生のときでしたが、そのときは音楽性と見た目の華やかさだけで興奮していました。でも、今見ると、華やかさの反面怖さも感じるのです。万が一、火の事故が起こったらとか、普段人が集まらないところに1日だけ10万人が集まって散るわけですから、交通の混乱やら事故を誘発してしまったらとか、色々な面で心配は尽きなかったと思うのです。だから、コンサート自体だけでなく、それを取り巻く全てを含めて高見沢さんは「無事に終わってよかったー」という気持から、虚脱したように見えたんじゃないでしょうか。

「SWEAT&TEARS」が終わり、客席からはアンコールの大合唱。TOKYO BAY-AREAは未だ終わっていませんでした。

<次で終わり>

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February 13, 2007

銀座の踏切

銀座8丁目には貨物線の踏切跡があります。昔、築地市場へ延びていたそうです。

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京葉線のトンネル入口

JR京葉線の越中島-潮見間は列車が地下から地上に上がる区間です。江東区塩浜にそのビューポイントがあるのですが、上り線と下り線が通過したところをそれぞれ撮影しました。

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さらに、脇には廃線になった貨物線路もあるのです。この線路は晴海まで延びていたのですが、今でも部分的に廃線跡を見ることができます。今度、続きを撮ってくるので今日はここまで。

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潮見へ向かう高架橋のカーブはなかなか美しい

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二輪の花

私の実家の近くの大通り沿いに、交通安全を祈願するためのお地蔵様があります。

私が小学校4年生のとき、確か日曜日だったか思いますが、同じ学年の女の子2人が、そのお地蔵様がある交差点でトラックにはねられて亡くなりました。そのお地蔵様は2人を供養するため、そして交通安全を祈願するために事故後に置かれたものです(理由は私の想像ですが、その事故後に置かれたのは確かです)。

もう26年も前のことになりますが、学校で全校生徒が黙祷したのを覚えています。葬儀後、担任の先生がその様子を話してくれたのですが、出棺前、亡くなった女の子のお母さんは狂乱状態だったそうです。先日もタレントの風見しんごさんの娘さんが不幸なことになってしまいましたが、交通事故の悲惨さ、親より先に子供が死んでしまうということのやり切れなさを改めて思い知らされた気がします。私は26年前に亡くなった2人とは面識がなかったのですが、お地蔵様を見るたびに、あの事故のことを無意識に思い出していました。

先日、実家に帰るとき、いつものようにお地蔵様の傍を通ったのですが、そのとき、初めてその存在がとても気になったのです。よく考えたら、自分は同級生でありながら、そのお地蔵様に一度も手を合わせたことがありませんでした。風見しんごさんの件で交通事故についていろいろ考えさせられていたからかもしれませんが、これも何かの縁というか、きっかけだと思ったので、ある日、二輪の花と水を買って、お地蔵様にお供えして手を合わせました。そこはちょうどコンビニがある横断歩道の真ん前なので、人通りは多いのですが、そのためにかえってお地蔵様はあまり気にされないように見えました。それでも、いつもお供えものが置いてあったりして、そのまわりは綺麗になっていました。

あれから1週間が経ち、花は風でどこかへ飛ばされたか、あっても気にされずしおれているのではないかと思いつつ、車でお地蔵様の前を通りました。すると、私がお供えした二輪の花はお地蔵様の両脇でまだちゃんと咲いていたのです。私は何だか嬉しくなりました。きっと、誰かが水を入れてくれたんです。それだけではなく、風で飛ばされたのを戻してくれたのかもしれません。コンビニは改装工事中だから、工事の人か、それとも様子を見にきた店のオーナーか。いや、親族の人かもしれないし、全然関係ない人かもしれない。まあ、それは誰でもいいけど、花に気付いてくれた人がきっといたんです。

この1週間、お地蔵様の前を通って、あの事故のこと、2人のことを少しでも思ってくれる人がいてくれたなら、私は嬉しいです。私は2人の同級生として、そしてひとりの運転者として、無謀な運転は決してしないとお地蔵様に誓いたいと思います。

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February 10, 2007

1986.8.3 TOKYO BAY-AREA (つづきのつづき)

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大きな爆音と共に白煙が舞い、歴史的なコンサートの幕開けが告げられました。10万人が造るOne Night Dream、「TOKYO BAY-AREA」の始まりです。

そして、いきなりのサプライズは1曲目が「SEE YOU AGAIN」ということ。普段なら本編の一番最後といった終盤で歌われる曲が、この日だけは先頭バッターになりました。この先、まだまだ何か起こりそうな予感です。当然、観客のボルテージは始めから最高潮。続いて2曲目は「夢よ急げ」で、早くもエンジンは全開モード。途中、高見沢俊彦が滑って転倒し、「本当に自然に転んだのー?」と突っ込みたくなりますが、まあいいか…。空はまだ明るく、10万人の拳がウェーブのように揺れる様子がステージからよく見えます。「大きい。こんなの見たことがない。とにかく桁外れだ。」と、DVDで何度見てもそう思う私です。

「東京湾でみんな待ってんだぜー」、「SWEET HARD DREAMER」が始まる前に高見沢が叫びました。地方から会場へ向かうツアーバスの一部が渋滞のため遅れていたらしく、未だ到着していないファンに向かって送ったメッセージらしいです。私はアルフィーの曲ではバラードなどの静かな曲が好みなのですが、このコンサートで初めて「SWEET HARD DREAMER」「BLUE AGE REVOLUTION」の2曲を聞き、ハードな曲ではその両曲が好きになりました。このあたりから段々と薄暗くなってきて、会場周辺の街の灯りが綺麗に輝いて見えるのです。

「セイリング」の前で観客はひと休みでみんな着席。序盤が終わると、アルフィーは必ずお客さんに着席を促し、比較的静かな曲を演奏するんですよね。お客さんの疲れに対する気遣いでもあり、後半の盛り上げに備えるための効果狙いでもありますが、嬉しい配慮です。「セイリング」は2ndアルバムに収められている初期の曲ですが、BAY-AREAバージョンは私が知っている中ではベスト・テイクだと思います。アルフィーの曲はほぼ全て高見沢俊彦が作っていますが、「セイリング」はその中でも珍しい、坂崎幸之助が作詞を担当(作曲は高見沢)してます。86~87年頃というのは、初期の作品をリメイクして、カッコよく生まれ変わった曲が多い時期でしたね。「ゲーム・オーバー」とか「無言劇」なんかもそうです。

すっかり日は暮れて、会場の外では車のヘッドライトが夜景の一角を彩っていました。レーザーディスクではA面の最後になりますが、曲は「至上の愛」。この曲は「THE BEST SONGS」に収められていますが、私の中ではアルフィーで好きな曲ベスト3に入ります。中学2年のときによく聞いていたのですが、メロディーがとても切ない感じがして、その頃好きだった子のことを想いながら聞いていた記憶があります。やがて「至上の愛」の演奏が静かに終わり、TOKYO BAY-AREAは前半戦を終了したのでした。

<またさらにつづく>

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華麗なる一族

現在、木村拓哉主演で放送中の「華麗なる一族」が終わるまでは見まいと思っていたのですが、先日、日本映画専門チャンネルで放送されたので、我慢できずに見てしまいました。何のことかと申しますと、1974年に公開された映画「華麗なる一族」であります。

なぜ「見まい」と思っていたかというと、話の筋がわかってしまうということと、今見ているキムタク版が絶対劣って見えると確信していたからです。でも、話の筋はわかってしまいましたが、キムタク版の魅力が色褪せることはありませんでした。木村拓哉が演じる鉄平の正義感は素直にカッコいいと思います。それに、ハイビジョンで制作された映像美が素晴らしく、さすがTBSが力を入れているだけあると思います。時代背景なんかも当然、'74年の映画の方が自然に出せているわけですが、今回のドラマも昔の街並みや工場などが無理なく再現されていると思います。「作られた感じ」が全くないわけではないですが、決して不自然だとは思いません。尚、映画版の「華麗なる~」にも北大路欣也が出演しており、そのときは一之瀬四々彦役を演じていました。

華やかな演出のキムタク版からすると、映画の方は淡々と進行していく印象があります。昔の土曜ワイド劇場のような雰囲気を感じました。華やかな演出の方が終始引き付けられて興味が尽きないのですが、私は淡々と進む映画版の方が味があって好きになれます。

それにしても、正に山崎豊子の世界という感じを受けました。私の感想をひとことで言うならば、白い巨塔と氷点を足して2で割ったような映画です。

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February 08, 2007

1986.8.3 TOKYO BAY-AREA (つづき)

調べれば調べるほど凄いイベントです。知れば知るほど参加できなかったことが残念に思えてきます。TOKYO BAY-AREAに参加した10万人の人は一生の思い出になったことでしょう。コンサートの中身に話を進める前に、もう少しこのイベントについて触れておきたいと思います。

会場周辺は今でこそ、ゆりかもめ、臨海線といった交通網が整備されていますが、当時は広大な空き地でしたから、最寄の駅は木場と東陽町だったのです。駅から会場へは臨時バスが出たそうで、その数は何と292台。20の営業所からTOKYO BAY-AREAのためにバスが木場公園に集結したそうです。当時の記録を読むと、木場と東陽町の中間あたりにバス乗り場が設けられたらしいのですが、これは、電車の乗降客を2駅に分散させる狙いもあったようです。でも、それ以前に300台近いバスを待たせるスペースは駅前にないですね。ちなみに、木場、東陽町両駅を合わせて、東西線の乗降客は普段より53,000人多かったとのことです。余談ですが、バスの道のりを推測すると、三ツ目通りを南下し、国道357号線を右へ曲がったのではないでしょうか。あとは真っ直ぐ行くだけですね。

近くて遠い場所、13号埋立地をTHE ALFEEが会場に選んだ理由は意外に単純で、ツアーで地方から飛行機で帰ってくるとき、いつも東京湾の埋立地が見えていたからだそうです。その広大な空き地に、一夜のために巨大なステージが造られたのですが、何と、それはわずか数日間で組み立てられました。解体、撤去も2日後には終わったとのことですから、正にOne Night Dreamだったんですね。TOKYO BAY-AREAはどこを取っても驚くことばかりです。

TOKYO BAY-AREAのとき、私は中学3年生だったわけなんですけど、10万人という数字を聞いたとき、10万て何だろうと思いましたね。10万人という以前に、10万という数字が感覚的にわからなかったです。だって、10万円というお金も持ったことがないし、使ったこともないわけです。全校生徒の数だって400人くらいだったし、ファミコンのゲームでも10,000点がいいところでした。なので、映像を見て「これが10万か」と思いました。

当日、会場ではグリコだけで20,000,000円を売り上げたそうですから、10万人が集まったときの経済的な効果も相当なものですね。規模のことを言うときりがないですけど、コンサート前のエピソードを読んでいて、「警察」とか「消防」なんていう文字が出てくると、それだけでタダごとじゃないんだという感じがします。普段は人が集まらないところで、しかも空き地に10万人が1日だけ集結して散っていくわけですからね。

<さらにつづく>

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February 03, 2007

1986.8.3 TOKYO BAY-AREA

1986年8月3日、東京の13号埋立地でTHE ALFEEの夏のイベント、TOKYO BAY-AREAが10万人の観衆を集めて行われました。その頃、私は中学3年生で松山に住んでいて、高校受験を控え毎日勉強に明け暮れていました。私がもう1年早く生まれていたか、またはTOKYO BAY-AREAがもう1年遅く行われていたなら、自分も参加できたかもしれないのに。そんなことを今でも思ってしまうほど、また、ビデオや写真集でしか見ていないのにあたかも自分も参加したかのように思えてしまうほど、TOKYO BAY-AREAというイベントは歴史的でエモーショナルだったのです。あれから21年、私は初めてその会場跡地を訪れました。

「13号埋立地」、当時はそういう地名でしたが、現在は江東区青海という地名になっています。私は、土日のみ運行されている急行05系統の都営バスに乗り、現地へ向かいました。これは錦糸町始発のバスで、私は途中の北砂三丁目から乗ったのですが、目的地の船の科学館までは約30分でした(新木場からビックサイトまでがノン・ストップなので結構早く着きます。城東地区の方は是非ご利用下さい)。

現地に着き、船の科学館を背に真っ直ぐ正面を見ると、目の前には駐車場がありました。その向こうは公園になっているのですが、私はそのあたりに特大のステージを思い浮かべ、「広い、そして大きかったんだろうなー」と感慨にふけりました。

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船の科学館を背にステージ正面方向

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若干角度は違うが同じ向きから見た実際のステージ

駐車場の中央に立つと左手にはフジテレビ、そして右手には東京国際交流館があります。当時の空撮を見ると、どちら側もただの緑色の地面ですね。

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フジテレビ

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国際交流館

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TOKYO BAY-AREA 会場

駐車場を越えるとシンボルプロムナード公園に入りますが、そこには花畑が作られていました。会場周辺は埋め立てが進み、建造物が増え、新しい交通網もできて、20数年の間に劇的な変貌を遂げました。でも、会場跡地だけは駐車場や公園になっているので、空がよく見えるということだけは変わっていないようでした。さらに公園を進んでいくと、鳥たちのさえずり声が聞こえてきました。TOKYO BAY-AREAのビデオの冒頭でも鳥の声が聞こえるのですが、それと同じ声がしたのです。THE ALFEEが残した大きな足跡が、花や鳥といった自然環境に囲まれているということが、私にはとても嬉しく思えました。

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立て看板

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花畑…まだ咲いていないけど

シンボルプロムナード公園のさらに先には、道路を隔ててパレットタウンがあります。当時の映像と現在の地図を比較すると、おそらくコンサート会場はパレットタウンよりも手前までになると思われます。なので、パレットタウンに渡る「であい橋」という橋があるのですが、そこから船の科学館方向に振り向くと、ステージから会場を見渡した感じに近いのではないでしょうか。

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であい橋から左手

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であい橋から右手

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現在の地図

そのあとさらに公園をひと回りしたのですが、残念ながらTOKYO BAY-AREAの会場跡ということを記したものは何もありませんでした。

帰り際、西の空にはうっすら富士山の姿が見えました。TOKYO BAY-AREAの翌年(1987年)、THE ALFEEは富士山を臨む日本平でオールナイトコンサート(SUNSET-SUNRISE)を行ったのですが、もしかしたら、メンバーがTOKYO BAY-AREAから見える富士山に誘われて会場を決めたのかもしれませんね。

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真ん中のクレーンの横あたりに富士山が見える

<つづく>

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今日の深川車庫(シマシマ東西線)

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07系(Y.Tさん提供 2007.1.26)

深川車庫では、有楽町線から転属の07系の東西線化が進められていますが、その様子がひと目でわかる一枚の写真があります。これはなかなか見れないですよね。数日前に通ったときはまだこの状態でしたから、しばらくは生で見れるかも。

それにしても、先週の土曜日の東陽町は人が多かったです。深川車庫でイベントがあったからなんですけど、通常、土日祝日は深川車庫方面に向かう人なんてあんまりいないですからね。家族連れが多かったように思います。私は仕事だったので昼休みに抜けて行こうと思いましたが、混んでいそうだったからやめました。鉄道に関心を持つ人は多いですねって、オレもか…。

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February 02, 2007

FLYING AWAY ALFEE 1984

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「メリー・アン」「星空のディスタンス」等のベストテン・ヒットをテレビで見て、私は小学生の頃からアルフィーが好きでした。でも、私を本格的なアルフィーファンへと導いたのは中2のときに聴いた「霧のソフィア」で、それがきっかけでアルバム「THE BEST SONGS」のカセットテープを買いました。これは自分が買った初めてのアルバムだったのですが、それまではテレビやラジオから流れてくるシングル曲ばかりしか知らなかったものですから、こんなに広くて奥の深い歌の世界があったのかと思いましたね。

1986年の初頭だったかと思いますが、我が家に初めてVHSビデオとレーザーディスク・プレーヤーが入りました。そのとき父にレーザーディスクを1枚買って貰ったのですが、それは「FLYING AWAY ALFEE」というアルフィーのライブ・ビデオでした。1984年に横浜スタジアムで行われたコンサートなんですが、このビデオは私が生まれて初めて見たコンサートでした。とにかく「衝撃」を受けたのを覚えています。音だけ聴いた回数を入れたら、これまでに何百回聴いことでしょう。私は数年前にレーザーディスク・プレーヤーを手放したので、それからずっとこの作品からは遠ざかっていたのですが、このたび、DVDで買い直す気になって、数年ぶりに鑑賞してみました。部屋を暗くして、毎晩のように見ていた中学時代の感覚が甦るようでした。

「THE BEST SONGS」同様、このライブにはシングルだけを追いかけていたのでは知ることのできない曲がたくさん入っていました。その新鮮さに加え、高見沢俊彦がギターを弾く姿の格好良さ、そして盛り上がる観客に自分も興奮を覚えました。コンサート終盤、「SEE YOU AGAIN」でVOCALの高見沢俊彦が、優しく歌っていたのを突然歌詞を叫びだすシーンがあるのですが、そのとき私は体に電気が走ったような感覚に襲われました。今、見ると「コンサートでは誰でもよくやること」だと思いますが、そのときの自分は泣き出しそうなくらい感動しました。でも、この頃のアルフィーのコンサートには、映画を1本見るようなストーリー性と感動が詰まっていたと思いますし、今、改めて見ても感激します。余談ですが、このコンサートの2年後、アルフィーは当時の音楽史上最大規模の10万人コンサートを東京13号埋立地で成功させました。そのときのコンサートのタイトルは「TOKYO BAY-AREA」でしたが、今でこそ一般的な「ベイ・エリア」という呼称を使ったのはこのイベントが初めてなのです。

10代の頃、私は勉強はしても、本もロクに読まない学生でした。そんな自分が夢中になったのはアルフィーの音楽で、曲を作っている高見沢俊彦は自分にとって親同等、いや、それ以上に信用していたというか、尊敬していた存在でした。ですから、アルフィーの音楽は現在の自分を作っている要素の中でも非常に大きなウェートを占めているといっても過言ではありません。久しぶりに「FLYING AWAY ALFEE」を見て、そんなことを思ったりしたんですけどね。

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