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June 27, 2007

岡田奈々「静舞(クワイエットダンス)」

Nana

土曜ワイド劇場『魅せられた美女 江戸川乱歩の「十字路」』の劇中で、人気アイドル歌手を演じた岡田奈々が歌っていた曲のことがずっと気になっていたのですが、ようやくタイトルがわかって音源を手に入れました。

静かな歌い出しから始まるこの曲は、ボサノバ調で岡田奈々の中ではかなり大人っぽい雰囲気を持った作品です。資料がないので演奏者はわかりませんが、音を聴く限りでは、80年代を代表するスタジオ・ミュージシャンたちの香りを強く感じます。落ち着いた曲ながらズムがとてもしっかりしていて、歌謡曲の域を越えてフュージョン・テイストといった印象です。エンド部分ではサックスのソロが曲に彩りを添えていて、質感の高さも感じます。作詞は三浦徳子、作曲は佐藤健で、私にとっては共にあまり馴染みのない作家です。

私の中には岡田奈々が歌っていた頃の記憶は全くなくて、リアル・タイムでは女優としての顔しか知らないのです。でも、調べてみるとアイドル歌手時代にはヒット曲もあって、松本隆等、作家陣にも恵まれていたようです。作品の評価は今でも高いようで、中古レコード屋へ行くと、LPレコードが結構高値で販売されています。

「魅せられた美女」での彼女は役は、岡田奈々そのままにアイドル歌手。事件に巻き込まれ、彼女自身の身に危険が迫るだけでなく、最愛の兄を殺されて失ってしまう悲劇のヒロインなのですが、その清楚で可憐な姿は今見ても魅了されてしまいます。棋士である兄の役は、明智小五郎との二役で天知茂が演じていますが、その二人の会話がとても印象的でした。
「相手の出方を見てからこちらの出方決める。そして最後は、逆手で勝負。」
棋士と探偵、職業は違えども、二人が勝負に挑む姿勢は同じだったのです。この戦法は私も覚えておいて、いつか困ったときに使ってみます。

ところで、岡田奈々さんて、今どうしているのでしょう。またドラマ等で見てみたいです。

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June 26, 2007

松山(2005.9.23~25)

4年間の地方生活に別れを告げ、広島行の船に乗り松山を去ったのが今から17年前のことです。たかが4年、されど4年。自我が形成されていく多感な時期に過ごした松山での4年間は、辛かったことも楽しかったことも全てが良い思い出です。

17年。つい昨日のことのようにも思える松山での高校生活。あれから17年も経ったなんて信じられません。17年も経ったのに、自分は何ひとつ変わっていないような気がします。これから17年ぶりに松山の地を踏むのです。道後中学、松山東高校、道後温泉、スーパーフジ、道後公園、大街道、松山城、寺小屋、昔住んでた家は、私の目に一体どう映るのでしょうか。

岡山で新幹線から特急「しおかぜ」に乗り換え、暫く田園風景を眺めていると、列車はいよいよ瀬戸大橋に差し掛かりました。瀬戸大橋を渡るのはこれが初めてなのですが、それよりも17年ぶりに四国の地を踏むということの方が自分には大きな意味があるのでした。

東京を9時に出てそれから約4時間、列車は四国に入り、瀬戸内海の鮮やかな青を右手に海岸沿いを西に急いでおりました。松山には15時に着くのでまだ2時間かかるのですが、それでも東京から1回乗り換えるだけで四国の先まで行けてしまうのですから、東京と四国の間の距離も縮まったものです。

あと2時間で松山に着く、「17年ぶり」が近づいてきました。高まる緊張感とは裏腹に、窓の外では穏やかな田舎町の風景が通り過ぎていきます。それから何度か眠ったり起きたりを繰り返しました。そして、再び窓の外に目をやると、「愛媛」という文字の入った広告の看板が目に入り、いよいよその瞬間が目前に迫っていることを知らされました。あと30分、20分…。列車は北条を過ぎました。さあ、終点は間近です。

「間もなく、終点の松山に到着します。」

車内アナウンスが流れ、列車は静かに終点の松山駅に停車しました。私は列車を降りる人の波に流されて、列車からホームに降り、そのまま改札を出ました。四国です。愛媛です。松山です。雑踏の中から伊予弁の話し声が聞こえてきます。私は周囲を見回しながら、宿泊先の道後温泉へ向かうためゆっくりと市電のホームへ歩いていきました。

「大街道、上一万、道後温泉方面行きです。」

懐かしいような聞き慣れたアナウンスが聞こえてきます。私は入線してきた市電に乗り、道後温泉まで街の風景を楽しむことにしました。ただ、この時点で未だ感慨みたいなものはありませんでした。17年という時間が長過ぎるからなのか、松山の記憶が鮮明だからなのか、普通でいる自分が意外なのでした。でも、道後の周辺に行けばもっと懐かしさがこみ上げてくるのかもしれません。そんな期待を抱く私を乗せ、市電は軽快に市の中心部を通り抜けていきました。

道後温泉に到着すると、土産物屋が並ぶアーケード街を通り、宿泊先のホテルにチェック・インしました。さあ、本当の「17年ぶり」はこれからです。これから当時の生活空間を一気に回るのです。ホテルを出ると、まずは昔住んでいた家に向かいました。ホテルから家までは徒歩10分程度なのですが、そこに至るまでの景色は思ったほど変化がありませんでした。しかし、残念ながら私が住んでいた家はもう別の家に建て替わっていました。まあ、自分が住んでいたときも決して新しい建物ではなかったので仕方がありません。さらに隣にあった家もなくなって更地になっていました。

それから中学校、高校、大街道、松山市駅と、市電の始発から終点までの距離、いや、それ以上の距離を、写真を撮りながら夢中で歩きました。道後地区にはマンションがたくさん増えていましたが、近所のみかん畑や田んぼはまだ全部残っていて、それがとても嬉しく感じられました。また、新しい道路が整備され、街が綺麗になった印象を受けました。繁華街は店の入れ替わりはありましたが、大枠はそれほど変わっていませんでした。

こうして初日は市内をひと回りしたのですが、まだ松山に来たという実感が沸いてきません。なんかだか、夢を見ているようでもありました。そして、あまりに歩き過ぎた私は、温泉にも入らず疲れて眠ってしまったのでした。

2日目の朝です。まずは道後温泉の本館で湯につかることにしました。昔、住んでいたときは数回しか来たことがなかったのですが、その頃はまだ高校生でしたから温泉の良さなんて知るよしもなく、もったいなかったけどそれは仕方のないことでした。ちなみに地元民は新館の方へ行く人が多いようです。温泉を出ると、続いて伊佐爾波神社、石手寺、道後公園を回りました。そして、私はようやく自分が松山にいることを普通に認識できるようになりました。それどころか、17年ぶりという感覚が全くなくて、今日からでも松山で普通に暮らせそうなくらい自分の感覚がこの街に馴染んでいました。

多少、道路や建物は変わりましたが、市電が走る音、街の景色や空気、樹の匂い、全てはあの頃のままでした。初めてこの地に来たときは、テレビの放送局も少なくてなんて田舎な街なんだって思いました。地方の人も好きになれませんでした。でも、4年間暮らしているうちに、緑は多いし、観光地気分も味わえるし、みかんは美味しいし、楽しい仲間もたくさんできて、松山の良さを少しづつ感じていたのでした。そんな折、高校2年の夏でしたが、私は東京へ帰ることになり、松山を去ったのです。

午後、私は映画「樹の海」を観るためにシネマ・ルナティックへ行きました。この作品は東京での上映が終わってしまい、見逃してしまってどうしようと思っていたら、ちょうど松山で上映が始まったので観ることにしたのでした。映画を観終わると、港へ向かうため石手川公園の駅に向かいました。

2日間の滞在が終わろうとしています。松山とお別れのときがやってきました。私は駅のベンチに座って伊予鉄の郊外電車がくるのを待っていました。石手川をぼんやり眺めていると、17年前と同じ風が頬にあたるのでした。自転車に乗った制服姿の学生が踏切を渡っていきました。それはまるで、松山にいたときの自分の姿を見ているようでした。川の向こうには山々が見えます。川の両岸の木々の緑は美しく陽に映えています。17年ぶりに来たのに、今までもずっと松山に住んでいたと錯覚してしまうほど、この街は私を優しく迎えてくれました。そして今、素直にこう思うのです。この街がとても好きだと。

松山観光港を出港したフェリーは、ゆっくり沖へと進んでいきました。17年前に松山を去ったときと同じように、フェリーで広島に渡るのです。私はずっと港の方を見つめながら、今回見た松山の風景を思い出していました。暫くすると、遠くに城山が見えてきました。松山での4年間、自分はあの山を見ながら育ったのです。人生の半分とは言わないまでも、それに近いくらい自分を育ててくれたのは松山です。その松山の城山がだんだん小さくなっていきます。

「また、いつでも来いや。」

そんな声が聞こえてきそうでした。やがて、城山の輪郭は、夕闇の空の中にゆっくりと溶けていきました。私はそんな城山をいつまでも見つめているのでした。

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<2005年9月26日投稿の記事を再編集>

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June 25, 2007

帝釈天

葛飾柴又の邃渓園に入って、ただぼうっとしながら中庭を見ることは、私にとってはとても心が安らぐひとてきです。庭園の緑は視覚を、鳥の鳴き声や水の流れる音は聴覚を、建物の昔懐かしい木の臭いは臭覚を、日常の磨ぎ澄んだ緊張状態から解きほぐしてくれます。

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June 23, 2007

風の誘惑

現在、試験の勉強をしている最中なので、特に新しい話題はないのですが、気分転換に、試験が終わったら行ってみようと思っているところについて書いてみます。

最近、遠出したところといえば伊勢神宮なんですが、その続きで、やはり次もお寺や史跡を回りたくて、どうやら足は西へ向きそうです。北や南にも行ってみたい気持はあるのですが、歴史に関わりの深いスポットは西日本にたくさんありますから、その中のどこへ行こうかということで悩んでしまいます。

今、考えているのは近鉄南大阪線沿線を旅したいと思っているのですが、この路線は古墳群をよけるように走っている歴史街道で、大変興味のそそられる地域です。その中の行ってみたい一番手は当麻寺で、詳しくは行ってから書きたいと思いますが、ここには奈良時代に建築された東塔、西塔の2基の三重塔があり、1,000年以上の時を越えて現存するその姿を、実際に感じてみたいと思うのです。他にも古墳群、橿原神宮、飛鳥、吉野など、一度では回りきれないくらい見所がたくさん存在します。さらに西大寺、唐招提寺、法隆寺、薬師寺、できれば京都にも寄りたいので、今回は諦めなければいけない候補地もたくさんありそうです。1週間くらい周遊できる時間とお金があればいいのですが…。

そんな楽しいことを考えながら、試験の日まで頑張りたいと思います。

7月上旬までは多分あまり更新しません…。

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June 10, 2007

デニーズを語る

最近、毎日のようにデニーズへ行きます。飲食をすることが目的でなく、勉強するためなんですけどね。

私の自宅には4人掛けのテーブルがあるのですが、パソコン等が占領していて本を広げるスペースがありません(片付ければよいのですが…)。なので、勉強したいときは気分を変える意味もあって外へ出ます。ファミレス、図書館、コーヒーショップ等、選択肢はいろいろありますが、私にとって一番快適に勉強できる場所はデニーズです。

そのポイントとしては、座席がゆったりしていることです。コーヒーショップや他のファミレスですと、1人用のチェアタイプの椅子を多用している場合が多いのですが、デニーズの座席は大半がソファータイプですので、くつろぎながら勉強ができます。また、テーブルも本を広げるのにちょうど良い高さです。

次に、最近のファミレスはセルフ式のドリンク・バーを採用している店が大半を占めていますが、デニーズの場合は座席までもってきてくれるのが良い点です。私は、少々高いお金を払ってもこのスタイルであって欲しいと思う方なので、他のファミレスもあまりドリンク・バーに走って欲しくないです。やはり、店内をうろうろする人が増えて落ち着かないし、店のイメージも安っぽくなります。なので、ファミレスの中では質感の高い印象のあったロイヤルホストがそちらに流れてしまったのは残念です(それが理由で最近はほとんど行かなくなりました)。デニーズの場合は、昨年からドリンクの種別まで変更可能になりましたので、さらに利用価値が高まりました。

そんな理由から、私はデニーズを利用させていただいております。ただ、1回につき2時間くらい居座りますので、空席の多い時間帯に行くようにして、ドリンクだけでなくデザートの1品くらいは頼むようにしています。そうすれば、店からすれば空席をひとつでも埋めてくれる客はありがたい存在でしょうから、本を広げて長時間滞在してもあまり嫌がられません。その辺は利用する側とされる側、持ちつ持たれつになるよう、心遣いが大切だと思います。

でも、毎回、同じ店に行くのは何となく恥ずかしいので、私はヤドカリのようにデニーズの店を転々としています。そうしているうちに、同じデニーズでも居心地の良い店、そうでもない店というのが最近わかってきました。もちろん、店員による差もあるのでしょうが、店の差というのも感じます。それは、ドリンクのグラスが空になったときにわかるのですが、すぐに寄ってきて「何かお持ちしましょうか」と聞いてくれる店もあれば、店員が何度も横を通り掛かっているのに素通りする店もあります。南行徳店(千葉県市川市)、曳船店(東京都墨田区)は何時行っても非常に対応が良く、前者タイプです。昨日なんかは、1杯目のドリンクが飲み終わったら、店員を呼んだわけでもないのに「遅くなってすみません。飲み物、何かお持ちしましょうか。」と聞きにきてくれました(南行徳店)。一方で、南行徳店の近くにある某店は後者の知らん顔タイプ。それどころか、おかわりを注文したら「提供は1杯だけです」と言われてしまう始末。「1杯だけ」というメニューもあるのですが、私が注文したのはおかわり自由の方で、同じ店員に注文したのに勘違いされたようです。この店の対応は毎回こんなレベルです。この店は24時間営業ではないのですが、そのせいなのか、気合が入ってないというか、対応の不徹底さが目立ちます。ちなみに、一番よく行く西大島店(東京都江東区)の対応は「中」です。

さて、デニーズをよく利用する人にお勧めなのが「デニモバ」と「デニーズカード」。デニモバは携帯サイトなのですが、会員登録すると(無料)、定期的に100~200円の割引券がメールで送られてきます。デニーズカードはチャージにより繰り返し使えるプリペイドカードで、このカードで支払をすると5%OFFになります。割引券とデニーズカードの併用も可能で、そうすると割引券使用後の価格がさらに5%OFFになり、とってもお得です。私は深夜に利用することが多いので、通常なら10%割増となるところが、デニーズカードを利用すると5%割増で済む計算です。ただ、7&i HDではナナコという電子マネーが開始されましたので、この先は統合されてしまうのでしょうか…。

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鈴木英人のイラストが描かれているデニーズカード

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おやっ?(大下剛史)

今日の「広島×オリックス」戦で、いつもの大下剛史、北別府学コンビが解説しているのですが、大下剛史がいつもと違います。

大下氏の解説で中継を見るのは久しぶりなので、最近はいつもこんな感じだったのかはわかりませんが、実況からの問いかけに対しては丁寧に答えているし、以前のような不機嫌な雰囲気もありません。これが普通といえば普通なのですが、今までが聞くに耐えない解説だったので、素晴らしく良くなったように思えてしまいます。単におとなしくなったわけではなく、カープの守備にボン・ヘッドが出たときには「何をやっているんだ」と叱咤して、カープファンの気持と一体になって放送に参加しているという印象を受けました。

苦情が多かったのか、それとも今日だけたまたま良いだけなのか、次回もチェックして確認してみたいと思います。でも、今日のような解説であれば、「普通」を飛び越えて、視聴者、特にカープファンからは「望まれる解説者」になるのではないでしょうか。

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June 03, 2007

ZARD「OH MY LOVE」

私のZARDとの出会いは、ドラマ「白鳥麗子でございます」のエンディング曲「きっと忘れない」がきっかけでした。

「白鳥麗子~」がきっかけでZARDという名前を知ったばかりの頃、親戚の子が「きっと忘れない」のCDを持っていたので聞かせてもらったところ、すんなり耳に入ってきて、それ以来、自然にZARDの新譜は毎回聴くようになりました。

透明感のある歌声、爽やかな歌詞とメロディー、それだけでも魅力はありましたが、私が着目したのは編曲の明石昌夫という人でした。曲、詞、歌、どの材料も素晴らしいのですが、編曲においては土台であるリズムを前面に出し、非常に骨組みを重視した音作りがなされていました。

この思想は私も共感するところでして、メロディーは感覚に訴えるもので、聴く度に鮮度が落ちていくと思うのです。一方で、リズムの音というのは、体に訴えるものですから、鮮度は変わりませんし、その上、メロディーの鮮度を保つ役割も果たすと思うのです。

ZARDといえば90年代を代表するアーチストと言われていますが、10年以上経った今聞いても新鮮なのは、歌、詞、メロディーの質の高さの他に、編曲という力強い支えがあるからといってもよいでしょう。

さて、1994年6月に発売された「OH MY LOVE」は私が最も好きなアルバムで、今でもよく聴いています。この年は私が社会人になった年なのですが、この頃はよく旅行へ行ってましたから、「OH MY LOVE」は旅先へ必ずもっていきました。発売時期と、そんな理由もあって、私にとっては「夏のリゾートチックなアルバム」という印象があります。

1曲目はアルバムのタイトル曲「OH MY LOVE」。派手さはありませんが、看板にふさわしく華のある曲です。ノスタルジックな香りもして、ZARDのイメージそのものといった感じでしょうか。

続いて2曲目は私がZARDの全曲で一番好きな「Top Secret」。規則的なリズム・パターンがミドル・テンポで続く曲は私のツボにハマるのです。ある人に「この曲が一番良い!」って言ったら、「シチューなんてまた作ればいいじゃん!!」だって(笑)。これは歌詞を知ってる人にしかわからないネタで…。E Guitar、Chorusが綺麗ですね。

「きっと忘れない」はシングルと若干異なりますが、私はシングルver.の方が好きなのでそのままが良かったかな。シングルを聴きたいときはベスト版を聴くと…。メロディー・ラインの印象の強さが、白鳥麗子のキャラクターの強さに負けていないと思います。

「もう少し あと少し…」は隠れ名曲だと私は思います(別に隠れてないけど…)。もっと「神戸のご当地ソング」と言われてもいいんじゃないでしょうか。印象は地味ですけど、何度も聴いてみると味のある曲です。歌謡曲感覚でカラオケで歌えそうな気がして、一度だけチャレンジしてみましたがとても難しかったです。自分で言うのもなんですが、私は女性歌手の歌をカラオケで歌うのが上手いのですが、音域が合わないせいもありますが、ZARDの曲は難しく、満足に歌える曲はありません。

「この愛に泳ぎ疲れても」は、何といっても途中でリズムが転調するところが面白いところです。こういう曲が他にあるのかは知りませんが、シングルで発売されるようなメジャーな曲では大変珍しいですよね。このアルバム中では一番スピード感のある曲で、思わず体でリズムを取りたくなります。

9曲目の「来年の夏も」は、最初の頃、私は「血液型の歌」と呼んでました。このアルバムのカラーは1曲目の「OH MY LOVE」を基調としていると思いますが、その流れを汲んで、終盤でその印象を決定づけている曲です。A.Guitar、Percussion、Chorusで静かに始まって、2番でDrumsなどが加わって華やかになっていく、「この愛に泳ぎ疲れても」とちょっと似た展開。

最後の曲も前曲に続きA.guitarのイントロで始まります。途中からDrumsが入ってくるところも一緒ですが、この曲の方が全体に落ち着いています。音が厚くなるところでも、アコースティックな響きを必ず残しているのがこのアルバムの特徴で、どうやらそれが「OH MY LOVE」の色のようですね。

音楽制作会社、ビーイング系のアーチストはメディアに露出しない手法が特徴的ですが、ZARDの場合はそれに加えて坂井泉水さんという存在がその「神秘性」にさらなる深みを加えていました。実在するのだけど、あまりその実感がないという特異な存在でしたから、私にとって、ZARDの曲というのは今までと何ら変わりのない存在として生き続けます。新譜が出なくなるのは残念ですが、坂井泉水さんが残してくれてたくさんの曲たちを、これからも生活のいろいろな場面でかみしめていきたいと思っています。

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