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September 28, 2008

石手寺(四国八十八箇所霊場51番)

松山に住んでいたときは、毎年、初詣に訪れていたお寺です。今回は道後温泉に宿泊した翌朝に自転車でやってきました。

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お寺の入口から本堂の方向に向かって回廊が続き、その両脇にお守りや食べ物が売っているお店が並んでいます。観光客やお遍路さんで賑わいがあって、雰囲気の明るいお寺という印象です。よく調べてみると、このお寺の宗派は真言宗豊山派で、総本山は奈良の長谷寺。なんの因果か、私は3年前に長谷寺へ行ってからそれまで最悪だった仕事上の運気が一転し現在に至っているのですが、それから毎年長谷寺参詣を欠かさず、お守りも常に携帯電話に結んでいるくらい長谷寺には感謝しているのです。その長谷寺と、松山に住んでいたときの馴染みのお寺が全く同じ宗派だったとは…。今年、同派のお寺を訪れそれと知ったのは、西新井大師に続き2回目です。

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どおりで、親しみやすい雰囲気と、回廊の感じがどこか総本山に似ています。お寺の背にはすぐ山があり、建物は全て平地部分に集まっているのでそれほど大きさを感じませんが、国宝の仁王門(運慶の作とも言われている)や三重塔、鐘、さらには洞窟まであって、なかなか密度の濃いお寺です。

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本堂でお参りを済ませると、脇にある階段から裏手の山へ上がっていきました。どうやらこの山を1周すると、八十八箇所分のお参りができるみたいなのですが、時間がないのでとりあえず山頂まで行くことにしました。意外に山道は険しく、とても疲れてしまいましたが、山頂は城山が見渡せてとても気持がよかったです。

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隣の山には弘法大師の像があり、なかなかの大きさなのですが、私は中学生のときに写生をしたことがあります。そのとき、隣で一緒に絵を描いていた岡田君が歌っていた♪弘法大師を知ってるかい 弘法大師を知ってるかい 弘法大師を 知ってーるーかい という意味不明の歌が未だに忘れられません…。

さて、真言宗豊山派ということですっかり親しみを感じてしまった私は、回廊沿いの仏具屋さんでお守りに赤い色の数珠を買いました。カープがクライマックスシリーズ、そして日本シリーズへ行けますように、そして自身の幸せを願い、赤い色を身につけることにしたのでした。なかなか目立ちます。

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September 27, 2008

道後温泉

松山市駅から銀天街と大街道を抜け、大街道駅から市電で道後温泉へ向かいました。松山は3年ぶりなのですが、前回は17年ぶりでしたから、そのときに比べると別に感慨はないのですが、楽しい里帰りみたいな気分です。東京生まれの私には田舎がないのですが、昔、父の転勤のために住んでいた奈良の生駒と愛媛の松山は第2の故郷です。松山に住んでいたのは4年間だけでしたが、13~17歳という多感な時期を過ごしたので、やはり忘れられない思い出がたくさんありますね。もう20年も経つというのに記憶の鮮度が高くて、街のどこへ行っても懐かしいとか久しぶりというよりは、見るもの全てを当たり前のように受け入れてしまうのです。

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私が住んでいたところは岩崎町というところで、温泉街にほど近い道後地区になります。もろに観光地ですから、今思うと「凄いところに住んでいたなあ」と思います。当時、あまり温泉へは行きませんでしたが、惜しいことをしたかな…。

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今回、宿泊したのはメルパルク松山。道後温泉本館の裏手で、本館から歩いて5分くらいの小高い丘の中腹にあります。そこの大浴場も温泉を引いていてゆったりくつろぐことができたので、今回は本館や椿の湯へは出向きませんでした。私はそこで自転車を借りたのですが、学生の頃みたいに街中を走り回れてとても嬉しかったです。料理は美味しかったですし、値段もお手頃だったのでまた泊まりたいと思いました。

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松山の市の中心には大きな城山があります。街のどこへ行っても、城山の位置を見れば自分がだいたいどの位置にいるのか見当がつくのです。道後は城山の東にあたりますが、その方向から見る城山の風景は、やはり郷愁にそそられます。ひとつ残念だったのは、学校へ行く途中にいつも通っていたみかん畑が駐車場に変わってしまったことです。

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我が母校、道後中学校と松山東高校を回り、疲れた私は温泉に入って眠りにつきました。人生、何があるかわからないですけど、自分がこの先地方都市に住むことは多分ないでしょう。それゆえに、こんな街に住んでいたことのある自分は幸せだと思いました。

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広島と松山

市民球場での観戦を終えた私は、原爆ドームの横を抜けて、宿泊先の厚生年金会館へ向かって歩いていきました。

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広島には何度も来ているのですが、なぜか今回は「なんて美しい街なんだろう」と強く思いました。大通りの道幅は実に広く、贅沢なほど植栽が施され、さらには無電柱化が徹底されているのです。さらに、市内の中心部には川が多いのですが、橋梁の上には視界を邪魔するものがほとんどなく、それが大通りの特徴と相成って、街全体がワイド・ビューを作り出しています。ビルや繁華街の都市の顔、緑豊かな自然の顔、市電が行き交うレトロな顔、そんな様々な表情がひとつの街として見事に調和しています。そして夜は夜景が綺麗で、別に高いところへ行かなくても、普通に歩いて橋を渡るだけでその美しさを堪能できるのです。単に街を歩くためだけでも、訪れる価値があると思います。

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次の日、私はフェリーで松山に渡りました。市の中心部から広島港(宇品)までは市電で1本。しかも結構頻繁に走っているので、港までの便はとても良いです。

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松山まではフェリーで約3時間かかりますが、外で景色を見ていると意外に早く感じるんですよ。私は潮風に吹かれながら、近日受験する資格試験の勉強をしていました。

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松山観光港に到着。こちらは広島と違って、市内までのアクセスがやや悪いのです。道後温泉方面へはバスが出ているのですが、本数は1時間に1本くらいしかありません。なので、徒歩10分くらいのところにある高浜駅から電車で市中へ向かいました。高浜駅までは連絡バスもありますが、バスに乗るほどの距離でもないので、海岸沿いの散歩を楽しむ方がお勧め。高浜駅はレトロで良い雰囲気でした。

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松山市駅は松山市の玄関口で、市電から郊外電車への乗り換え駅です。いよてつ高島屋と一体化していますが、私が住んでいた約20年前は「いよてつそごう」でした。久しぶりにデパートの中へ入ってみたのですが、昔に比べると洗練されたというか、落ち着いた都会的な空間になった感じがします。ここだけでなく、街にも人にもそんな印象を受けました。

広島に比べると街はコンパクトで地味に思えますが、私にとっては松山の方が落ち着きます。住んでいたせいもあるでしょうが、性にも合っているのでしょう。ちなみに、もしも私が広島に住んだら野球に狂いそうなので、逆に離れたところに住んでいた方がよいのかも…。

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September 24, 2008

ありがとう、広島市民球場

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広島市民球場、最後の観戦に行ってきました。試合はデーゲームだったのですが、昼前に広島に着いたときにはあいにくの雨。まさか中止になるのではと心配しましたが、小雨が降り続く中、無事にプレイボールがかかりました。しかし、天気同様、先発のルイスが調子に乗れず、まさかの初回4失点。その後、空模様は回復し、ルイスもそれと調子を合わせるかのように好投を演じてくれました。

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私はこの球場の夕方の風景がとても好きなんです。西日で照明の影が三塁側からホーム方向に伸びるのですが、デーゲームだったら試合の終盤、一番盛り上がる頃です。夕日を背に、試合を締める大野投手はとても格好良かった…。また、ナイターだったら試合が始まったばかりの時間帯。まだ動きはあまりなくて、ちょっとまったりした雰囲気の中で投げる先発の北別府。いろいろ思い出は尽きないのですが、一番忘れられないのが1984年の阪急との日本シリーズ第7戦。3勝3敗で迎えた最終戦、先制されながらも逆転し、先発の山根が最後の打者、福原をショートゴロに打ち取り、日本一を勝ち取ったシーンです。最近の日本シリーズはナイターになってしまいましたが、あの頃はデーゲームでしたから、胴上げの瞬間というのは夕方なんですよね。日本シリーズはデーゲームの方が独特の雰囲気があって良いと私は思うのですが…。

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まあ、そんなシーンとか、山本浩や衣笠が活躍していた頃の記憶を思い浮かべながら試合を、そして球場を見ていました。3年ぶりの観戦で、東京から遥々やってきた割には、スタンドに座っている自分はなぜか当たり前のような感覚でした。毎日のようにJスポーツで中継を見ているからでしょうか。残念ながら最後の観戦は敗戦に終わってしまい、私が市民球場で観戦した生涯成績は4勝6敗となりました。しかも最後は4連敗。でも、最後に晴れた夕方の市民球場が見れてよかったです。

市民球場は古いとかボロいとか言われますが、スタンドからグラウンドを見たときの天然芝の緑は美しくてとても気持がよいのです。
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来年は新球場での試合開催となりますが、この日の試合前に下見をしてきました。場所は広島駅すぐ近くの線路沿いで、新幹線で東京、大阪方面からくると、広島駅の手前左手に見えます。車窓から撮った写真を掲載しますが、もう芝生が見えています。この球場で、新しい感動が生まれることを楽しみにしたいと思います。

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ありがとう、広島市民球場。

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September 20, 2008

バスの日イベント2008

今年もバスの日イベントに行ってきました。

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今回はこれといって目玉というのはなかったように思いますが、ひとつ挙げるなら、みんくるトランプと都バスカレンダーの先行販売でしょうか。特にトランプは私が買った直後の午前11時過ぎには完売していたようです。あと、PASMOのブースが出ていましたが、確か昨年はなかったような気がします。

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部品販売は相変わらず人気で、昼頃まで長蛇の列が続いていました。バスの展示については、昨年に続いて観光バス「さくら」「いちょう」がありましたが内覧はできませんでした。あと新型のハイブリッドバスがありそちらは中に入れたのですが、液晶モニターがあるなど装備面も充実。営業運転車に乗ってみたいと思いました。

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みんくるグッズやPASMOグッズを買い込んだ私は、早々と会場をあとにしたのでした。

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September 17, 2008

久しぶりのゴルフ

今日は今週で唯一の好天の日。東京湾カントリークラブでゴルフを楽しみました(プレーに一杯一杯で、写真撮るの忘れた…)。

ショートコースは今年の4月に行ったのですが、本コースは平成18年3月以来、何と2年半ぶり。しかも事前に打ちっ放しで練習することもなく、ほぼぶっつけ本番状態で臨みました。実は、来月、コンペに誘われていて、それに出るために2回ほどコースへ行くことになったのです。今日はその初回。

コンペ出場にあたっては、もちろん真面目に取り組んでいまして、家でDVDを見ながらタオルを使って素振りをしています。その成果か、打ちっ放しへは行けませんでしたが、久しぶりにしてはまずまず良い当たりが出ました。あと何回かコースに出れば、何とかお荷物にならずラウンドできそうな気がします。

今日はそれほど日差しが強いとは思いませんでしたが、ラウンド終了後は顔が真っ赤に。日焼け止めを塗っておけばよかったと悔やんでいます。普段、あまり日に当たらないので、たまに当たると敏感に反応してしまうのかも。

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September 15, 2008

行くぜ!広島!!

いつ行こうか、行くか行くまいかずっと考えていたのですが、21日の中日戦へ行くことに決めました。

仕事とか試験勉強とかゴルフとか、今月は予定が盛りだくさんで広島へ行くのはきついかと思ったのですが、チームはCS進出を目指して何とか戦線に踏みとどまっていますし、何より市民球場が今年で最後ですから、やはり行かないという選択はあり得ません。

しかも観戦は1試合に賭けます。22日は海を渡って松山へ。巨人戦は瀬戸内海の向こうから応援します。

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September 09, 2008

深川山憲

門前仲町にある、七輪で焼き物をいただくお店です。夏にきたのは初めてなのですが、汗だくになって暑くて仕方がない状態に。でも逆にそれが楽しくて、ビールが美味しく飲めました。幻の酒、ホイスというのも飲めますよ。クセがなくて飲みやすいのですが、あとから結構酔いが回ってきます。

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September 01, 2008

春琴抄(しゅんきんしょう)

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先日、日本映画専門チャンネルで「賛歌」(1972年)という作品を観たのですが、それに描かれていた盲人の三味線師匠春琴と、春琴に仕える丁稚佐助の関係に興味を惹かれ、原作の谷崎潤一郎「春琴抄」を読んでみました。

佐助は、春琴の食事、入浴から下の世話に至る全ての身の回りの世話をこなし、さらには罵られ、殴られ、声を上げて泣き出してしまうほどの厳しい稽古に耐えながら、それでも高圧的な春琴に仕えることに幸せを感じるという、度を超えて献身的な男性です。挙句の果てに、何者かに顔にひどい傷を負わされ、誰にも姿を見られたくないと心を閉ざした春琴のために、自ら針で目を突いて春琴同様盲人となり、「もう(春琴の)お顔を見ることはござりませぬ」と引き続き春琴仕えたいと懇願したのです。

映画を見ていても小説を読んでいても、私はこの佐助を特異な性質の男、つまり相当なマゾヒストだと最初は思っていました。そして春琴と佐助の関係も、世の常識から見ても特別なものだと。でも、よく考えてみると、実はそうでもない気がしてくるのです。佐助のように、男性が一方的に一人の女性のために全身全霊を尽くすというのは、実は男性の本性なのではあるまいか、しかし、そうすることに格好悪い、恥ずかしいといった理性が働くのも同時に本性なのではあるまいか、と思えてくるのです。「春琴抄」は耽美主義を描いた作品とされていますが、そういった理性を排除して男女の本質を純粋に抽出すると、最高の美が描ける、それが春琴と佐助なのではないでしょうか。

作品の中では色々な「美」が彩を添えているのですが、盲目の世界もそのひとつです。盲人は、目が見えない分、他の感覚は目あきの人よりも冴えそれを補い、また、目あきの人には感じ得ない世界があるのだという旨のことが書かれているのですが、少しだけその感覚は私にも理解ができます。ステレオで音楽を聴いているとき、目を閉じて聴いているときと、目を開けて聴いているときとでは、感じ方が全く異なるのです。目を閉じているときの方が、圧倒的に神経が音に集中しているのです。なので、盲人の人は視覚は働かなくとも、その分、他の神経が研ぎ澄まされているのですね。それにしても、盲人の春琴と同じ世界に飛び込んでいき、それをこの上ない喜びと感じる佐助と、それを受け入れて同様に喜ぶ春琴。この物語における耽美主義の頂点です。

最後に、この「春琴抄」の文体における特徴に触れておきたいと思います。文中「、」「。」が極端に少なく、一見、どこで文章が切れるのかよくわからないのです。しかし、文章に一律のリズムがあって「、」「。」がないことはさほど苦になりません(私の感覚ですが…)。本来なら「、」「。」が存在するところが、読んでいると自然に見えてくるのです。これは、盲人の世界を感覚的に表現しようとしているのではないでしょうか。盲人にとって目が見えないということは、小説にとって「、」「。」が少し足りないくらいのことで、「、」「。」が多少なくても小説は普通に読めるのと同じように、目が見えないからといって目が見える人と大きな違いはないのだという、著者のメッセージと私は受け取りました。

「春琴抄」は昭和8年の作品で、今では馴染みのない言葉も多く、現代小説のようにはスラスラ読めない小説ではありますが、そういう作品を読む場合、映画を先に見てそれから小説を読むと入ってきやすくてよいと思います(映画化されている場合に限りますが…)。

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