高橋由美子コンサートツアー'94 “Tenderly”
1994年、夏。その年の3月に大学を卒業した私は、7月から就職することになったので、正に社会人なりたてのホヤホヤでした。そんな私が、会社帰りに行ったあるコンサートの記録。13年前に書いたものですが、今、読んでも結構面白かったので、そのまま掲載します。高橋由美子ファン以外は読んでもわからないと思いますが…。
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高橋由美子さんは雨女だという。私には意外なことに思えた。それは、私が北海道へ旅行に行ったときに、車で彼女のアルバムをかけると、曇った天気がことごとく晴れたということがあったからだ。それ以来、私は由美子さんに対する感謝の気持から、彼女を呼ぶ場合には敬称をつけることにしている。感謝の気持といえば、高橋由美子さんのコンサートへ行ったのも、そのためである。
9月11日、中野サンプラザでのコンサート当日、天気は雨だった。実を言うと、私はこのコンサートに行くことが楽しみな反面、抵抗もあった。高橋由美子さんといえば、「アイドル界の最終兵器」と呼ばれるトップ・スターである。そんな彼女のコンサートに行くということは、傍から見れば、単に「高橋由美子を見に行く」としか映らないであろう。まして、「歌を聴きに行く」などと言ってみたところで、誰も聞いちゃいない。確かに、私は根っからのミーハーである。しかし、私がコンサートへ行く目的はあくまでも音楽鑑賞である。当たり前と言ってしまえばそれまでだが、その当たり前の概念が、アイドル歌手のコンサートの場合は通用しない。私が嫌うのはそういった部分で、この日のコンサートに行くことに抵抗を感じたという理由も、そこにある。この日の雨は、私のそんな気持に拍車をかけていた。だが、目的はどうであろうと、行きたいという気持に変わりはなく、その辺は自分自身の心の中で割り切るしかなかった。私は、アイドルであろうと、コンサートを見るという行為は、文化の鑑賞であると捉えている。高橋由美子さんのステージがそれに値するものかどうかは、これから見てみなければ分からないが、彼女の持つ歌唱力や表現力からすれば、期待は大である。誰に何と言われようと、これから私は、高橋由美子さんのコンサートという“文化”に触れるのである。(以下、敬称略)
6時40分、場内が暗くなり、ステージの白い幕が上へ上がり始めた。同時に、リズム楽器のみの演奏が始まり、ステージ上には、4人の踊り子の影が横一列になって現れた。あのうちのどれかが高橋由美子なのか。それとも、4人ともバック・コーラスの人か。全員が、カーニバルのときのような衣装を身に纏っている。やがて、1曲目のイントロに入り、4人のうちの、赤と白の衣装の女の子が、どうやら歌い始めるらしかった。高橋由美子のコンサートを見慣れた人、あるいは前列にいる人ならば、どれが彼女であるかをすぐに見抜いたことだろう。しかし、我々(2人で来ているので)の席は2階の後から2番目。ここさえ経験すれば、あとはどこの席に行っても「近い」と感じることができるような、遠い場所である。私の目が高橋由美子の存在を認めたのは、1曲目の「Step by Step」が始まってからだった。
それから、6曲目まではシングル曲の応酬で、ノリで攻める「お祭りコンサート」といった感じであった。1階のお客さんは総立ちで、盛り上がりは加速の一途をたどっていたが、そんな中で私は、由美子の歌の上手さ、特に、声のハリの良さを見逃してはいなかった。
6曲目が終わると、MCが入った。何を喋ったかはよく覚えていないが、そこで盛り上がりは一段落し、場内は落ちついた雰囲気に包まれていった。話の中身も、そのような空気を作り出すような真面目な内容だったと思う。そんなムードを受けて、7曲目は「友達でいいから」。流れるような、実に配慮の行き届いた構成である。「友達でいいから」では、大きなコーヒーカップが登場し、由美子はそれの上で歌った。「友達でいいから」が終わると、由美子は一旦ステージから姿を消し、照明は消された。少し経って、ステージの正面は一面の星空となり、左側の高い段の上には、バイオリン奏者の女性が現れた。彼女が演奏を始めると、白いドレスに身を包んだ高橋由美子嬢が、ステージ下段の中央に再登場した。曲は「ETUDE」。聞こえてくるのは、バイオリンとピアノの音だけである。そして、歌が始まる。声を発する観客は一人もいない。静寂に包まれる場内。由美子の抑揚の効いた歌声が響き渡る。このときの彼女は、先程までの、アイドル・高橋由美子では決してなかった。歌声だけでなく、歌を表現している彼女の全てが本当に素晴らしかった。「ETUDE」が終わると、続いて、彼女自身の作詞による「A Song For You」。「ETUDE」同様、美しい高音、澄んだ歌声で、観客を魅了した。私は、これまでに16回、いろんな人のコンサートを見てきたが、このシーンは、その中の3本の指に入れたくなるくらい感動的なものだった。この2曲を歌い終えた由美子の表情には、安堵の色が伺えた。場内からは、割れんばかりの拍手が起こっていた。
その後は、アルバム「Tenderly」からの曲が続いた。まずは「天使か悪魔」と「8分休符」。どちらも、是非生で聴きたかった曲である。「天使か悪魔」が始まると、さっきの雰囲気とはがらりと変わり、“ムード音楽”といったような大人っぽいステージとなっていった。1回のコンサートで、これだけ多彩な展開を見たというのは、ちょっと他に記憶がない。だいたい、アイドル歌手のコンサートにバイオリン奏者が登場するなんて、聞いたことがない。それに、アイドル歌手があんなに歌が上手くていいのだろうか。私は、自分にとって前代未聞のこのステージに、感動を通り越えて、驚きの連続だった。
アルバム「Tenderly」の曲はさらに続き、「週末が晴れたなら」「Kissする前に」を歌った。「週末が晴れたなら」はストリングスの音が印象的だった。そして、「Kissする前に」は一番聴きたかった曲だったので、非常に嬉しかった。この曲はリズムが大好きなのだが、ドラムスのラインがアルバムと少し違っていたので残念だった。さて、このあたりからコンサートはもう大詰め。序盤のような盛り上がりが、さらに勢いを増して復活してきていた。そして、高橋由美子は、再び、アイドル・高橋由美子に戻っていた。曲の方はシングルが3曲続き、観客は狂喜爛漫といったすごい盛り上がりを見せていた。それにしても、私は、高橋由美子がこんなに元気のよい人だったとは全く知らなかった。序盤と終盤は踊りっぱなしで、決して2,000人のお客さんのパワーにひけを取っていなかった。それどころか、高橋由美子が2,000人にパワーを与えているようなものだった。若干二十歳の、あの小さな女の子の、どこにそのようなパワーがあるのか。とにかく圧巻だった。
いよいよ、最後の曲となった。17曲目は「yell」。最後にふさわしい、なかなか感動的な曲である。歌が終わると、由美子は観客に向かってお礼を言って、ステージから消えてしまった。8時10分頃のことだった。
照明は少し明るくなっていた。拍手は止まない。「アンコール」の大合唱。やがて、「アンコール」から「由美子、由美子」のコールに変わり、場内に響き渡った。そして、再び照明が消された。曲のイントロが始まる。「Good Love」だ。この曲は私も大好きで、アンコールで聴けるとは幸せである。少女のような格好をした由美子が再登場、観客は大喜びである。どのコンサートでも、アンコールというのは形式的になっているが、それでもやっぱり嬉しいものだ。「Good Love」が終わると、「そんなのムリ!」。私が高橋由美子の歌を聴き始めたきっかけの曲である。そして、由美子は最後の挨拶をして、本当にラストの曲を歌った。聴いたことのない曲だったが、秋を感じさせる、少し切ない歌だった。おそらく、次に出るシングルと思われる。全20曲のフルバージョンを歌い終えると、由美子は客席に向って手を振った。演奏はまだ続いていたが、ステージの幕が静かに降りてきて、もうすぐ由美子の姿を消そうとしていた。1時間45分の夢のようなひとときは、こうして終わりを迎えた。すぐに席を立つには、あまりにもステージの余韻が強すぎた。特に、あの2曲のバラードを聴いたときのことを思い出すと、今でも体にしびれが走る。私は、この日のコンサートの感動は一生忘れないと思う。そして、あの歌はいつまでも心の中に響き続けると思う、きっと。
とにかく素晴らしかった、というのが、私が言葉にできる感想である。歌声、演奏、構成もさることながら、何と言っても高橋由美子の表現力だろう。高橋由美子にとって、歌手業というのは副業である、という印象を私は受ける。では、本業は何か。それは、女優業である。これは、本人の話を聞いていてもそんな感じがする。何が言いたいのかというと、ステージ上での高橋由美子は、女優・高橋由美子が歌手・高橋由美子を演じているという気がしてならない。あのステージは、歌手の域を完全に出ているものであったと思う。もちろん、コンサートなので歌を歌っただけで、芝居をしたわけではない。だが、あのステージで見せた、まるで別人が何人も出てきたかのような多彩な展開は、歌手の顔しか持たない人には到底できない芸当だ。やはり、高橋由美子は、最終的には女優なのか。彼女は、「アイドルはビジネスです」と言い切る。アイドルはビジネス、それは、歌手業は副業ということになるのでは。あれだけの歌唱力を有していながら、それは実にもったいない話だと思う。それに、高橋由美子の書く詞は非常に良い作品で、作詞の才能もある。しかし、ここで私がつべこべ言っても仕方がないので、今後も高橋由美子の音楽活動に注目していようと思う。



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