April 01, 2009

東勝寺(宗吾霊堂)

宗吾霊堂の歴史を調べてみると、「義民」や「直訴」といった言葉を必ず目にします。辞書によると「義民」とは、正義のために一身をささげる人民とあります。そして、その代表的な人物が佐倉惣五郎。江戸時代、佐倉藩主の酷政を将軍綱吉に直訴し、民は救われましたが自らは死罪となったのです。

直訴したら死罪になるなんて、現代では想像にも及ばない事態ですが、困窮に苦しむ民を救うために自らの命を引き換えにするその勇気は、見習いたくても決して真似のできることではありません。

佐倉惣五郎を祀る霊堂を有する東勝寺(宗吾霊堂)は、イメージからして緊迫感のある厳かな雰囲気かと思いきや、お寺の前まで近づいてみると、真言宗豊山派らしく、明るく庶民的な風情が漂っていました。

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池越しに見た鐘楼堂の風景は、伽藍の中で一番心に残りました。
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March 04, 2009

護国寺

有楽町線の駅から少し歩くのかと思っていたのですが、駅の階段を上がると、そのすぐ横が護国寺の入口でした。

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このお寺は真言宗豊山派の大本山。なるほど、どおりで総門の向こうに見える奥へと続く階段が、総本山である奈良の長谷寺の回廊を思わせます。本堂に向かって階段を上がっていくと、起伏はそれほどでもないものの、この土地が丘陵地であることがよくわかります。木々に囲まれ静かな時が流れている空間なのですが、サンシャインがほど近い、都心の真ん中にこんな場所があったのかと少し驚いてしまいました。すぐ隣が池袋なのですが、護国寺は豊島区ではなく文京区で、反対側は茗荷谷や小日向あたりもすぐ近くと思えば、この落ち着いた雰囲気も不思議ではない気がします。

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本堂の前まで来ると、雰囲気がどことなく池上本門寺に似ていると思いました。土地の起伏の仕方や伽藍の様子が近いからかもしれません。本堂の形、そしてその背後に空しか見えないということも共通しています。本堂でお参りを済ませると、私はその奥を覗きこみました。すると、どこか懐かしい、木造建築の香りがしてきて、暫くそこに居たい気分になりました。この日、疲労のため午後は会社を振休にして護国寺へやってきたのですが、帰って休むよりも、この場所へ足を運んで正解でした。

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帰りは春日通りへ出てバスで帰ったのですが、大通りへ出る途中の小道の風景はどこか懐かしい雰囲気感じがして、いつまでも変わらないで欲しいと思いました。

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January 31, 2009

新井薬師

新井薬師は、奈良の長谷寺を総本山とする真言宗豊山派のお寺で、正式名称は新井山梅照院薬王寺といいます。

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真言宗豊山派のお寺は、これまでに長谷寺、石手寺(愛媛県松山市)、西新井大師を訪れたことがあるのですが、いずれものお寺も周辺に人の賑わいがあってどこか明るい雰囲気がありました。季節のせいかもしれませんが、それらのお寺と比べると、新井薬師はどこか寂しげな印象です。今は冬ですが、秋風が似合うたたずまい。

ご本尊は弘法大師の手彫によるものだそうです。

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January 06, 2009

深川不動

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1月3日、深川不動へ初詣に行ってきました。それほど広い参道ではないため、ご覧の通り行列ができていました。このお寺、正しくは「成田山東京別院深川不動堂」といいます。真言宗智山派です。

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November 03, 2008

五百羅漢寺

五百羅漢寺は目黒不動のすぐ隣くらいのところにあります。以前、テレビでみうらじゅんが紹介していたのを見て、一度行ってみたいと思っていたのです。

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このお寺、元は江戸の本所五ツ目にあったそうで、そこは現在の江東区大島あたりになります。明治通りの亀戸と西大島の間に「らかん通り」というのがあるのですが、その所以はどうやらこの羅漢寺にあるようですね。

松雲元慶により彫像された五百羅漢像のうち、現存する約三百の像が当寺に安置されています。最盛期(1700年頃)は美術館のように一方通行の見学コースが設けられ、その様子は葛飾北斎などにも描かれています。

現在、像は羅漢堂というところに安置されています。羅漢像に近寄ってみると、一体一体には命が通っているようで、私は背筋に緊張を覚えました。それぞれの像には教えが書かれていましたので、私は一体ずつ表情を伺いながら、気に止まった3つの像の教えを頂戴しました。

ひたすら咲く花のように
無心に生きる
解空定空尊社

父の徳行は、子のための
最上の贈物である
羅怙羅尊者

身を捨ててこそ
浮かぶ瀬もあれ
無両光尊者

どれも穏やかなお顔をされた像でした。今、私の心は色々なことで乱れているので、これらの教えを胸に1日1日を大切に過ごしていきたいと思います。

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September 28, 2008

石手寺(四国八十八箇所霊場51番)

松山に住んでいたときは、毎年、初詣に訪れていたお寺です。今回は道後温泉に宿泊した翌朝に自転車でやってきました。

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お寺の入口から本堂の方向に向かって回廊が続き、その両脇にお守りや食べ物が売っているお店が並んでいます。観光客やお遍路さんで賑わいがあって、雰囲気の明るいお寺という印象です。よく調べてみると、このお寺の宗派は真言宗豊山派で、総本山は奈良の長谷寺。なんの因果か、私は3年前に長谷寺へ行ってからそれまで最悪だった仕事上の運気が一転し現在に至っているのですが、それから毎年長谷寺参詣を欠かさず、お守りも常に携帯電話に結んでいるくらい長谷寺には感謝しているのです。その長谷寺と、松山に住んでいたときの馴染みのお寺が全く同じ宗派だったとは…。今年、同派のお寺を訪れそれと知ったのは、西新井大師に続き2回目です。

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どおりで、親しみやすい雰囲気と、回廊の感じがどこか総本山に似ています。お寺の背にはすぐ山があり、建物は全て平地部分に集まっているのでそれほど大きさを感じませんが、国宝の仁王門(運慶の作とも言われている)や三重塔、鐘、さらには洞窟まであって、なかなか密度の濃いお寺です。

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本堂でお参りを済ませると、脇にある階段から裏手の山へ上がっていきました。どうやらこの山を1周すると、八十八箇所分のお参りができるみたいなのですが、時間がないのでとりあえず山頂まで行くことにしました。意外に山道は険しく、とても疲れてしまいましたが、山頂は城山が見渡せてとても気持がよかったです。

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隣の山には弘法大師の像があり、なかなかの大きさなのですが、私は中学生のときに写生をしたことがあります。そのとき、隣で一緒に絵を描いていた岡田君が歌っていた♪弘法大師を知ってるかい 弘法大師を知ってるかい 弘法大師を 知ってーるーかい という意味不明の歌が未だに忘れられません…。

さて、真言宗豊山派ということですっかり親しみを感じてしまった私は、回廊沿いの仏具屋さんでお守りに赤い色の数珠を買いました。カープがクライマックスシリーズ、そして日本シリーズへ行けますように、そして自身の幸せを願い、赤い色を身につけることにしたのでした。なかなか目立ちます。

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August 29, 2008

瑞泉寺(鎌倉)

晴れ間がのぞいたと思ったら、次の瞬間には雨が落ちてくる、まるで小さな子供の表情みたいな空模様。そんな中、私は鎌倉市の東部、二階堂の細道を瑞泉寺へ向かって歩いていました。

瑞泉寺へは鎌倉駅から歩いて行くこともできますが、往路は鎌倉宮までバスに乗り、そこから歩くことにしました。バスを降りたら鎌倉宮の脇を真っ直ぐ先へ進みます。車がすれ違うのがやっとなくらいの狭い道で、自分の足音がこだまするくらい静かな山の中でした。ひぐらしの鳴き声が晩夏を思わせます。

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鎌倉宮から7~8分歩くと、瑞泉寺の入口に到着です。その先は山に囲まれ、奥に本堂の屋根がわずかに見える他は、伽藍の様相が全くわかりませんでした。お寺ということを知らなければそれと分からず、単に日本庭園か何かと思ってしまうことでしょう。

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入口で拝観料200円を払い、中に入ると、左手に庭園を見ながら先へ進んでいきました。すると階段があって、山の上へ上がっていきます。そして階段を上りきると山門があるのですが、この山門を抜ける次の瞬間が、私がこのお寺を訪れて感じた最高の風情なのです。

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写真では伝わりにくいのですが、門を抜けた瞬間視界に飛び込んでる、日本庭園の魅力を凝縮した絵画のような景色があまりにも素晴らしいのです。これが紅葉の季節だったらどんなに美しいものか、想像を絶します。

境内は花や木々が溢れんばかりで、それでいて整然としているので、気品がありながら万人を楽しませてくれる華やかさも持ち合わせているように思います。

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本堂をあとにして総門へ下りてくると、そこはやはりお寺であることを忘れてしまいそうな静かな山の中。さっきの景色を思うと、龍宮城へでも行って帰ってきたような気分と言ったら大袈裟でしょうか。それにしても、このお寺は私にとって存在の仕方がとても興味深いのです。山に囲まれているせいもあり、外周からは存在感をあまり感じないのですが、かといって隠れようとしているわけでもなく、中では堂々と存在しています。外見の印象ではなく、中身を重んじるという思想なのでしょうか。

ここ、瑞泉寺の空気は静かで穏やかでありながら、周囲に影響されない強さのようなものも感じます。かといって疎外された感じもなくて、何とも言い難い不思議な空間です。

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August 04, 2008

成田山新勝寺

京成成田駅の改札を出ると、日はもう暮れかけていて、表を歩くのはそれほど苦ではありませんでした。成田山新勝寺をお参りするのは4~5年前の初詣以来になると思いますが、それは私が仏閣に興味を持つ前のことでしたので、興味を持って訪れたのは今回が初めてです。

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駅からお寺の総門までは徒歩10分少々。総門は竣工してまだ2年ということだけあって、全体が輝いているようでした。総門をくぐり先へ進むと、その奥には仁王門が見えてきます。総門とは対照的に、1830年の建立というだけあって、物静かな落ち着いた雰囲気で、参詣者に安心感を与えてくれます。

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仁王門を抜けると、その先に急な階段があって、その脇には石碑と大木が急な斜面に荒々しく立ち並んでいました。仁王門の表側とは異なり、裏側は厳しさを感じます。日本の伽藍や庭園を見ていると、「対象」という要素がいろいろな形で織り込まれていて、それが全体の均衡を作り出しています。

階段を上がると、大本堂が見えてきます。階段が急な分、本堂を下から鋭角に見上げる感じになるので、迫力や存在感が増して見えるのです。

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月並みな表現ですが、やはりお寺に来ると自然に気持が落ち着きます。特にこの数ヶ月、私はもやもやした嫌な気分が続いていましたから、今日はそんなことを忘れさせてくれました。

新勝寺は新旧の建物が境内の中で競演しているようで、しかもそれぞれの規模が大きく、さすがは大本山です。それを見て、感じるだけでも訪れる価値があると思います。

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成田へ来ると、もしここに空港がなかったら、もっと日本的で落ち着いた門前町だったのにといつも思うのです。帰りはJRに乗ったのですが、酒々井、佐倉、物井あたりまでは田園風景が続きます。実は千葉は米の産地なんですよね。この風景がいつまでも残って欲しいです。

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May 01, 2008

浄瑠璃寺の春

3月のある土曜日、私は浄瑠璃寺(京都府木津川市)を訪れたくて、近鉄奈良駅からバスに揺られて加茂方面へ向かっていました。

今年の初め、私は奈良、京都のカレンダーを部屋に飾ったのですが、その中の11月、浄瑠璃寺の写真に一目惚れをしたように心を引き寄せられたのです。それは秋の写真で、真っ赤な紅葉の木と真っ黄色な銀杏の木の間から池越しにお寺の本堂を写したものでした。彩の美しさの向こうで、決して大きくはないのですが静かに腰を落ち着けている本堂の存在感が、その風景の均衡感を作り出しているようでした。

浄瑠璃寺へは、バスでお寺の前まで行けるのですが、私はあえて手前の「浄瑠璃寺入口」で降りて、そこから田園風景の中を歩いてみることにしました。

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ガイド誌などには「浄瑠璃寺入口から徒歩40分」と紹介されていましたが、私は歩くのが速いので30分くらいでお寺に着きました。途中、上り坂があるので少々疲れます。

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寒くはありませんでしたが、桜の季節にはまだ早く、境内の木々は未だ寒々しい様相でした。土曜日の昼でしたが人はまばらで、小説に出てきたようなおせっかいな案内少女はとてもいるような感じではありませんでした。私が一番目を見張ったのは本堂で、9体の阿弥陀像が横一列に置かれているのです。しかも、お堂の扉の位置が像の一体一体の位置と対応していて、その一体感は見る人を圧倒します。本堂へは横から入るのですが、戸を開けて整然と並んだ阿弥陀像が目に飛び込んできた瞬間の衝撃は今でも強く印象に残っています。

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本堂を出ると、茶屋でぜんざいを食べながら、堀辰雄の「浄瑠璃寺の春」を改めて読んだのでした。

こんな穏やかな休日を過ごしていた私は、まさかこの1週間後に父の通夜を執り行うことになろうとは夢にも思っていませんでした。この翌日の夕方、私は生駒山の宝山寺へ行きました。もう30年近く前のことですが、私の父方の祖父は生駒で亡くなったのです。祖父の墓は市川にあるのですが、なんか生駒にきたら祖父に会えるような気がして、宝山寺で父の病気が少しでも楽になるようにお願いをしました。もう薄暗い時間で、人気も全くなくて、本堂へ向かって一列に延びる灯篭の明かりが、何ともいえない異様な雰囲気に感じました。
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今思えば、このとき父は、灯篭の向こうの天へ召されようと階段を上り始めていたのかもしれません。このとき、そんな暗示に私が気付いていれば、帰ったらすぐに見舞いに行って最後にもう一度会えたのに…。そのことがとても悔やまれます。父は私が旅先から帰った4日後に亡くなりました。私が高校生の頃、父は私に文章が上手だと誉めてくれました。そんな父にこのサイトを一度でいいから読ませてあげたかったです。でも、きっと今頃天国で読んでくれていると信じたいと思います。

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October 29, 2007

池上本門寺

本門寺にやってきました。私は大井町の生まれなので、池上のあたりは子供の頃から何度か足を運んだことがあり、この地域の空気には親しみがあります。

品川区から大田区あたりの国道1号線周辺は、土地に起伏があって坂道や階段が数多く点在します。面白いことに、本門寺の周辺はそういった連続した起伏から独立して、ひとつの山のように存在しているのです。そして、一帯は緑が深く、本門寺の関連施設や墓地、公園などと一体化して、人々の魂の故郷のような安心感を感じさせるところです。

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参道から総門を抜けると、此経難持坂(しきょうなんじざか)という長い石段が待っています。駐車場はこの上にあるので、車で来場すると石段を上がることなく本堂へ行けてしまうのですが、お参りするならやはりこの総門から入ることをお勧めします。
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石段を上がる手前の左手に、実に庭の手入れの行き届いた小さなお堂があったので、気になって寄ってみました。そこは理境院といって、日蓮宗のお寺です。
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96段の石段を上り終え、振り返ると、見晴らしの良い清々しい景色が広がります。そして先へ進むと正面に仁王門、その手前右手には長栄堂があります。長栄堂はこのお寺の守護神を奉安しているそうですが、その内側の装飾がとても賑々しくて、参詣者をとても明るい気持にさせてくれるところでした。
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仁王門をくぐると、いよいよ大堂が真正面に見えてきます。本門寺は昭和20年に空襲による甚大な被害を受けており、大堂もその際に消失した施設のひとつです。現在の大堂は昭和39年に再建されたものになりますが、縦に長い大きな瓦屋根を持った大変立派な建築です。でも、私が最も素晴らしいと思ったのは、背景に空しか見えないということです。台地の頂上に位置するとはいえ、高層ビルが乱立する昨今、この東京の真ん中で本堂が空一色のみを背にできるとは、奇跡に近いような気すらします。この立地と向きを考えた人の先見力の素晴らしさか、それとも偶然なのか、どちらなんでしょうね。いつまでも、この景観が保たれるといいですね。
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大堂を正面に見て右手の方向に進んでいくと、朱塗りの五重塔があります。この五重塔は戦火を免れた創建当初(1608年)の建築で、重要文化財になっています。私が見たのは夕方の西日が差す時間帯だったのですが、五重塔に向かって歩いていくと、木々の枝越しに上部三層が夕日に照らされ、その朱色がこの世のものとは思えないような異質な魅力を浮かび上がらせていました。その色彩に私は思わず吸い込まれそうになりました。

このあと、私はこの山の西側の風景を見ようと思い、大坊本行寺の方へ歩いて行きました。しばらくして気が付くと、もう薄暗くて人気がほんとんどない墓地の中。普通なら、そんな寂しい場所にはあまりいたくないと思うのでしょうが、そこはなぜか安心していられるのでした。

この地は日蓮聖人が最後を迎えた霊跡で、本門寺は日蓮宗の大本山です。このお寺の山が一帯となって訪れる人々を温かく迎えてくれる、そんな空気をとても感じるお寺でした。

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